最新記事

北朝鮮

金正恩重体説に飛びつく期待と幻想

The Curious Case of the Maybe Dead Dictator

2020年4月22日(水)18時35分
モーテン・ソエンダーガード・ラーセン

重体説が流れた金正恩 KCNA/REUTERS

<ほぼ何の証拠もない中で「北朝鮮の終わり」に向けたストーリーを組み立てようとする専門家やメディアには、真実は何一つ見えていないのではないか>

正午を少し過ぎたころ、朝鮮半島を南北に分断する非武装地帯(DMZ)の北朝鮮側から聞こえてきたのは、北朝鮮の最高指導者の天才を称賛するいつものプロパガンダではなかった。かわりに悲しげな音楽が流れ、続いて、最高指導者の伝記の抜粋が読み上げられた。そして、ニュースが伝えられた──北朝鮮の最高指導者、金日成(キム・イルソン)が射殺された。1986年11月16日のことだった。

当時の報道によれば、このメッセージの後、DMZの近くで北朝鮮国旗の半旗が掲げられた。一夜開けた11月17日、韓国は混乱し、何も検証することはできず、何が起こったのかを正確に知る者はいなかった。

専門家たちはそれぞれ自説を唱え、なかには自信たっぷりの者もいた。混乱は11月18日に、平壌を訪問中のモンゴルの代表団と握手を交わすために最高指導者が姿を表すまで続いた。「金日成の死」を伝えるニュースは、結局のところまったくのウソだった。

同じような混乱が4月20日の夜に起きた。脱北者が運営するデイリーNKが、北朝鮮の現在の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員が手術を受け、その後回復したと伝えた。その後、CNNは米情報当局者の話として、金正恩が手術後に「重大な危険」にさらされていると伝えた。

突然、ソーシャルメディアに金正恩が脳死した、昏睡状態に陥った、またはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)にかかったという情報があふれだした。

読めない行動パターン

しかし1986年のときとは違い、今回の騒ぎは数時間で収まった。「これはある種のキャビンフィーバー(閉鎖空間に閉じ込められたストレス)だ。私たちはあまりにも長い間、コロナウイルスのニュースばかりの世界に閉じ込められている」と、アサン政策研究所のゴ・ミョンヒョン研究員は言う。

「ここ数カ月、北朝鮮のニュースはほとんどなかったので、平壌で何かが起こっているという話を耳にして、専門家もメディアも飛びついたのだ」

北朝鮮の指導者が死んだのか、重病なのか、回復中なのか、完全な健康体なのかは、まだわからない。それがわかるのは、北朝鮮からなんらかの公式情報が発表されるときだろう。

唯一、確かなことは、金正恩が4月15日に行われた建国の父・金日成主席の生誕記念祝賀行事に姿を現さなかったことだ。北朝鮮で最も重要な行事に欠席したことは、間違いなく注目に値する。

「北朝鮮を読み解くことは難しい。彼らのすることには、私たちに期待をいだかせる特定のパターンがある」と、ソウルにある延世大学のジョン・デルリー教授(東アジア研究)は言う。「私たちは、金正恩が祖父の生誕記念日に姿を現すというパターンを期待していた。それが実現しなかったので、さまざまな憶測が一斉に広がった」

<参考記事>北朝鮮、22日も金正恩の動静伝えず 健康不安説くすぶる
<参考記事>北朝鮮のミサイル発射直後、アメリカはICBMを発射していた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB0.25%利下げ、3会合連続 3人が決定に反

ビジネス

FRBに十分な利下げ余地、追加措置必要の可能性も=

ビジネス

米雇用コスト、第3四半期は前期比0.8%上昇 予想

ワールド

米地裁、トランプ氏のLAへの派兵中止命じる 大統領
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎の物体」の姿にSNS震撼...驚くべき「正体」とは?
  • 4
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 5
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中