最新記事

オウム真理教

地下鉄サリン直前のオウムの状況は、今の日本社会と重複する(森達也)

2020年3月20日(金)11時05分
森 達也(作家、映画監督)

オウム真理教の後継団体アレフの施設の近隣には「オウム(アレフ)断固反対」ののぼりが立つ(足立区) Photograph by Hajime Kimura for Newsweek Japan

<麻原彰晃は側近たちによって危機意識をあおられ続けていた――。『A』『A2』でオウム信者たちを追った作家・映画監督の森達也が、オウム後継団体アレフの荒木浩へのインタビューも敢行し、日本社会「集団化」の意味を問う(後編)>

※前編:地下鉄サリン25年 オウムと麻原の「死」で日本は救われたか(森達也)から続く

村井が麻原にかけた電話

『A』『A2』という2本のドキュメンタリー映画を発表して以降、僕は6人のオウム死刑囚に面会し、手紙のやりとりを続けた。会った順番で書けば、岡崎一明、広瀬健一、林泰男、早川紀代秀、新實智光、中川智正だ。殺人マシンとメディアから呼称された林とは最も頻繁に面会と手紙のやりとりをした。年齢が近いこともあって、最初の面会から数カ月が過ぎる頃には、互いにため口で会話する関係になっていた。

「地下鉄サリン事件が起きる少し前、上九(一色村のサティアン)にいたとき、遠くの空にヘリコプターが見えたんだ」

一審判決後に訪ねた東京拘置所の面会室。透明なアクリル板越しに座る林泰男はそう言った。そのとき彼は施設の外にいて、すぐそばにはサリン事件から1カ月後に刺殺された村井秀夫がいたという。ヘリコプターを認めた村井は慌てて電話をかけ、「米軍のヘリがサリンをまきに来ました」と報告した。相手は麻原だ。そんな様子を眺めながら林は、「何であれが米軍のヘリと分かるんだ」と内心あきれたという。しかし目のほとんど見えない麻原は、村井の誇大な報告を否定する根拠を持てない。

そんなエピソードを話した後に、「あのとき村井にひとこと『あり得ないです』って言っていたら、その後の状況も変わっていたかなあ」と林は言った。地下鉄サリン事件を防げたかもという意味だ。でも言えなかった。この時点で村井のステージは正大師。林は師長。会社でいえば常務と課長ほどに違う。だから林は沈黙した。個ではなく組織の一員として。そして、そんな自分を悔いていた。

このとき僕は林に、仮にそのとき村井をいさめていたとしても、多くの側近がそんな状態にあったのだから、事態は変わっていないと思うよ、と言った。これに対しての林の言葉はよく覚えていない。そうかなあ、というような反応だったと思う。

目が見えない麻原は、新聞を読んだりテレビを見たりすることができない。だから側近たちが麻原に代わって情報を収集して報告する。そしてこのとき、「麻原というマーケット」に対する市場原理が発動する。つまり視聴率や部数に貢献する情報を、メディアである側近の側がフィルターにかけて選別する。視聴者や読者が最も強く反応する要素は不安や恐怖だ。

こうして麻原は、側近たちによって危機意識をあおられ続けた。遠くに見えるヘリコプターを米軍の襲撃と報告した村井にしても、嘘をついているという明確な意識はなかったはずだ。その根底にあったのは、自分たちは迫害や弾圧の被害者であるとの前提から発動する過剰なセキュリティー意識であり、麻原の意を先回りで捉える過剰な忖度だ。

事件を起こす直前のオウムのこの状況は、まさしくメディアと政府から危機意識をあおられ続ける今の日本社会と重複する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資

ワールド

イスラエルがシリア攻撃、少数派保護理由に 首都近郊

ワールド

学生が米テキサス大学と州知事を提訴、ガザ抗議デモ巡

ワールド

豪住宅価格、4月は過去最高 関税リスクで販売は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中