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オウム真理教

地下鉄サリン直前のオウムの状況は、今の日本社会と重複する(森達也)

2020年3月20日(金)11時05分
森 達也(作家、映画監督)

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オウム真理教の後継団体アレフの施設(足立区) Photograph by Hajime Kimura for Newsweek Japan

アレフは「反社会的団体」

「では最初の質問。荒木さんの今の役職を教えてください」

数秒の間を置いてから、「広報部長」と荒木浩は小さく答える。「でも訴訟関係もやっています。人が少ないので何でも屋さんです」

「アレフの実質的なトップと考えていいんですか」

「代表は別にいます。いわゆる『師』と呼ばれる人が20人ほどいて、持ち回りのような感じでやっています」

「現在の信者数は?」

「出家信者が150人くらいで(普通の社会生活を続ける)在家が1000人くらいです。出家信者は減っています。在家信者は微増かな」

ここ7、8年、メディアはたびたび「信者数が急激に増えている」としてアレフなどオウム後継団体の危険性を強調している。その情報源は公安調査庁が公開したデータだ。でもここにはトリックがある。公安調査庁は入会した信者数は発表するが、脱会した信者数は発表しない。収入だけで支出を計上しなければ、家計簿だって膨らむばかりだ。

オウムとその後継団体を対象とする団体規制法の所轄官庁である公安調査庁は、オウムの危機をあおることで予算や人員を保持し、組織の存続を実現させてきた。危機は彼らのレゾンデートル(存在理由)だ。ここに(不安や恐怖をあおる)メディアの市場原理が重なる。でも公開されたデータを丁寧にチェックすれば、これはおかしいと小学生でも分かるはずだ。なぜメディアはその程度のチェックすらしないのか。あるいは気付かないふりをしているのか。

「今も信仰はありますか」

この質問に対して荒木は、少しためらってから「もちろんです」と答える。

「麻原の写真は今も道場にあるのですか」

「あるところもあれば、ないところもあります」

一瞬だけ答えをためらった理由は分かっている。これが掲載されたとき、いまだに麻原を信仰しているのかと強く批判されるからだ。でも彼らは信仰の徒だ。これがダメならあれと変えることは困難だ。さらに、偶像崇拝を禁じるイスラムは別にして、キリスト教でも仏教でもヒンドゥー教でも、信仰のアイコンは必ずある。信者たちはそれを身に付ける。しかし社会はそれを許さない。なぜならそのアイコンは極悪人である麻原だからだ。

ならば質問したい。荒木ではなく日本社会に。麻原に帰依することの何がどのように危険なのか。かつてオウム真理教は麻原を宗教指導者としてたたえながらあり得ない犯罪を起こした。それは紛れもない事実だ。

でも犯罪に至るプロセスやメカニズムを、この社会はしっかりと獲得できていない。異例な対応を異例と認識していない。神の子を自称したが故に反逆者として処刑されたナザレのイエスを持ち出すつもりはない。松本智津夫は俗人だったと僕は思っている。最終解脱などあり得ない。だからこそ犯罪に至るメカニズムと組織共同体の作用を、日本社会はしっかりと考察すべきだった。

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