最新記事

シリア情勢

トルコ軍がシリアに「ヒステリックな攻撃」を加えた理由とロシアの狙い

2020年3月3日(火)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

トルコからギリシャ国境へ向かおうとするシリア難民 REUTERS/Umit Bektas

<シリア・トルコの戦闘が激化。いっぽうトルコがヨーロッパとの国境を開放したことで、難民がギリシャに押し寄せている。この間、ロシアの狙いは......>

トルコ軍がシリアに「ヒステリックな攻撃」を加えている──シリア政府支持者の言葉ではない。英国に拠点を置き、政府による市民への弾圧や爆撃を批判してきた反体制系NGOのシリア人権監視団の言葉だ。

シリア・ロシア軍は反体制派への攻撃にトルコが侵攻

今年1月に入って、シリア・ロシア軍は、反体制派最後の牙城とされるイドリブ県およびその周辺地域への攻撃を激化し、失地回復を進めてきた。攻撃は停戦監視を名目に展開していたトルコ軍にも及び、シリア軍との間で散発的な戦闘が発生するようになっていた。

2月27日、イドリブ県ザーウィヤ山に対するシリア軍の爆撃でトルコ軍兵士33人が死亡、32人が負傷するに至り、事態は一気に緊迫化した。トルコは、シリア政府による虐殺と難民発生を食い止めるとして、「春の盾」と銘打った報復作戦を開始した。トルコにとって、「ユーフラテスの盾」作戦(2016年8月~2017年3月)、「オリーブの枝」作戦(2018年1~3月)、「平和の泉」作戦(2019年10月)に続く4度目の侵攻である。

トルコ軍は、バイラクタルTB2無人航空機(ドローン)による爆撃や砲撃で、シリア軍兵士100人以上を殺害、3月1日にはシリア軍のSu-24戦闘機2機を撃墜した。対するシリア軍も善戦し、トルコ軍兵士数十人を殺害したほか、1日にはドローン3機を撃墜した。

ロシア、トルコ、イランを保証国とする停戦プロセス

イドリブ県を中心とする反体制派の支配地の処遇は、ロシア、トルコ、そしてイランを保証国とする停戦プロセス「アスタナ会議」(2016年6月に開設、その後14回にわたり開催)で協議されてきた。アスタナ会議は、反体制派を「合法的な反体制派」と「テロリスト」に峻別し、前者とシリア政府を停戦させ、後者を「テロとの戦い」で撲滅することを原則とした。峻別はトルコが責任を負い、停戦と「テロとの戦い」は保証国が協力して行うことがめざされた。

この原則のもと、イドリブ県を中心とする反体制派の支配地は、2017年5月のアスタナ4会議で緊張緩和地帯第1ゾーンに設置され、ロシア、トルコ、イランが監視所を設置し、停戦を実現するはずだった(地図1参照)。だが、ロシアとトルコにとって、アスタナ会議は、シリアでの勢力伸長のための結託と主導権争いの場に過ぎなかった。そのため、ほどなく原則からの乖離が目立つようになった。

aoyamamap1.jpg

地図1 緊張緩和地帯第1ゾーン(2017年5月)

2017年9月のアスタナ6会議では、緊張緩和地帯第1ゾーンは、ロシアが停戦と「テロとの戦い」を主導する第1地区、ロシアとトルコが合同でこれにあたる第2地区、そしてトルコのイニシアチブのもとに「合法的な反体制派」が「テロとの戦い」を行う第3地区に分けられた(地図2)。

この分割は、トルコによる2度目の侵攻作戦である「オリーブの枝」作戦で、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が支配するアレッポ県アフリーン市一帯を実質占領することの見返りとして、シリア政府が得る地域を画定したものだった。作戦が開始された翌日、反体制派は第1地区から撤退、シリア軍が同地を制圧した。

aoyamamap2.jpg

地図2 緊張緩和地帯第1ゾーン三分割(2017年9月)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 6
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 7
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 8
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 9
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 10
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中