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オウム真理教

地下鉄サリン25年 オウムと麻原の「死」で日本は救われたか(森達也)

2020年3月20日(金)11時00分
森 達也(作家、映画監督)

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Photograph by Hajime Kimura for Newsweek Japan

聞きたいことはいくらでもあった。徹底して追い詰めるべきだった。言い逃れるなら論破すればいい。答えに窮して立ち尽くす姿をさらすだけでも意味がある。そして何よりも、心神喪失の状態にある人は処刑できない。それは近代司法国家としては最低限のルールのはずだ。

「私も当時は報道を信じていたので、父が詐病していると思っていました。最初の面会のときは緊張とうれしさで一人でしゃべり続けてしまい、父はずっと『ん、ん、ん』みたいな反応をするからうなずいていると思っていて。でも面会を重ねるうちに、私が黙っていても同じように『ん、ん、ん』と言い続けていることに気が付いた。終わって扉を閉めて隙間に耳を当てたら、やっぱり『ん、ん、ん』って言い続けていました」

そこまで説明してしばらく間を置いてから、「私が被害者の方に謝罪しない理由を話していいですか」と麗華は静かに言った。

「子供の頃から加害者と同じように扱われ、謝罪しろと言われ続けてきました。本を書くときにも謝罪を書こうとしたけれど、でもどうしても書けなかった。父と私は別の人格であり、私は事件について何も知らない。私だけではなく、他の多くの事件の加害者の家族や子供たちも同じです。何もしていないし責任を取れないのに問われ続ける。私が謝れば、加害者の家族として苦しんでいる今の子供たちや、未来の子供たちにも責任を押し付け、傷つけてしまうと思いました。私はもう大人だったので、自分が死ぬところまで追い詰められたとしても、謝っちゃいけないと考えたんです」

うちのものがご迷惑をおかけしましたと身内の不始末をわびる。それは日本社会のマナーかもしれない。でもオウム事件は不始末のレベルではない。家族もある意味で被害者だ。しかし被害と加害を安易に二分化する社会は、オウムによってあおられた危機意識と憎悪を燃料に変わり続ける。過去形ではなく現在進行形だ。

隣に座る担当編集の大橋希に僕は目で合図を送り、うなずいた大橋はレコーダーの停止スイッチを押した。

※後編:地下鉄サリン直前のオウムの状況は、今の日本社会と重複する(森達也)に続く

<2020年3月24日号掲載>

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2020年3月24日号(3月17日発売)は「観光業の呪い」特集。世界的な新型コロナ禍で浮き彫りになった、過度なインバウンド依存が地元にもたらすリスクとは? ほかに地下鉄サリン25年のルポ(森達也)、新型コロナ各国情勢など。

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