最新記事

オウム真理教

地下鉄サリン25年 オウムと麻原の「死」で日本は救われたか(森達也)

2020年3月20日(金)11時00分
森 達也(作家、映画監督)

aum-mori20200320-1-5.jpg

1995年3月22日、警視庁が上九一色村などの教団施設を強制捜査 KIMIMASA MAYAMA-REUTERS

人は複雑な存在だ。単細胞生物でもなければ物理現象とも違う。他者の内面や人間性について、これほど強硬に断定できる理由が僕には分からない。補足するが、刑事司法改革など他のイシューに対して、江川はとても聡明な視点を提示する。しかしオウムや麻原が方程式に代入されると、明らかにギアが変わる。

ただ確かに、治療によって回復する可能性は相当に低いだろうと僕も思っていた。一審終了後に二審弁護団の依頼で麻原に接見した6人の精神科医は詐病の可能性を否定した上で、昏迷状態であれば適切な治療や環境を変えることで劇的に回復する場合があるなどと診断した意見書を公開した。だが会を設立した時点で、それから10年以上も放置されている。決して楽観的には考えていなかった。

でも刑事裁判の基本はデュープロセス(適正手続き)だ。「たぶん治らない」「麻原は自発的に真実をしゃべるような男ではない」。これはどちらも予測だ。可能性を理由に手続きを省略すべきではない。

加害者の家族の苦しみは

ナチス最後の戦犯と呼ばれたアドルフ・アイヒマンは、自らの法廷でホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に加担した理由を「命令に従っただけ」としか答えなかった。それは世界が期待した証言ではないし、「自発的に真実を」語ったわけでもない。

しかしこのとき傍聴席にいた哲学者のハンナ・アーレントは、この証言をキーワードに「凡庸な悪」という概念を想起した。そしてアーレントのアイヒマンに対する考察と示唆は、特定の集団を世界から抹殺するというあまりに理不尽で凶悪なナチスの負の情熱を解明する上で、1つの(そして極めて重要な)補助線として歴史に残されている。

邪悪で狂暴だから悪事をなすのではない。集団の一部になって個の思考や煩悶をやめたとき、人は壮大な悪事をなす場合があるのだ。これに気付いたとき、惨劇や事件は歴史的教訓の骨格を獲得し、発生時に喧伝された特異性だけではなく、後世に残る普遍性を示すことになる。それは誰のためか。オウムや麻原のためではない。僕たちのためだ。

ただし補助線は補助線だ。もしもヒトラーが自害していなければ、法廷でその証言を聞けたはずだ。しかし現実にはニュルンベルク国際軍事裁判は、ヒトラー不在のままで進められた。最後のとどめを刺し切れなかった。だからこそ今もネオナチやヒトラー崇拝的な思想は世界にくすぶり続け、ホロコーストやナチズムに対して歴史修正的な史観や優生思想が亡霊のように立ち現れる。

麻原は生きていた。ならば治療して語らせるべきだった。大量殺戮の指示をあなたは本当に下したのか。その動機は何か。日本を征服するなどと本気で考えていたのか。あるいは言葉の食い違いがあったのか。あなたの直接的な指示を聞いたのは刺殺された村井秀夫幹部だけだ。彼にあなたはどのように伝えたのか。被害者や遺族に対しての言葉はないのか。一緒に処刑される弟子たちに対して今は何を思うのか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米11月中古住宅販売、0.5%増の413万戸 高金

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で

ワールド

ガザ飢きんは解消も、支援停止なら来春に再び危機=国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中