最新記事

生物

酸素呼吸をしない多細胞生物が初めて確認される

2020年2月27日(木)18時15分
松岡由希子

STEPHEN ATKINSON

<イスラエル・テルアビブ大学の研究チームは、サケの寄生虫にミトコンドリアゲノムが存在せず、好気呼吸をしないとの論文を発表した......>

ヒトを含め、あらゆる多細胞生物には、好気呼吸(酸素呼吸)を担うミトコンドリアが存在し、呼吸で取り入れた酸素を用いて糖を分解し、アデノシン三リン酸(ATP)を生成する。しかしこのほど、ミトコンドリアが存在しない多細胞生物が世界で初めて見つかった。

サケやマスに寄生し、ミトコンドリアが存在しない......

イスラエル・テルアビブ大学の研究チームは、2020年2月24日、米国科学アカデミーの機関誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」において、「寄生虫の『ヘルガヤ・サルミニコラ』は、ミトコンドリアゲノムが存在せず、好気呼吸をしない」との研究論文を発表した。

責任著者であるテルアビブ大学のドロテー・フション教授は、「好気呼吸はあらゆる動物で行われるものだと考えられてきたが、これに当たらないものが確認された。奇妙な方向での進化が存在しうることを示すものだ」と述べている。

10個未満の細胞からなるヘルガヤ・サルミニコラは、極嚢を持った胞子を作る「ミクソゾア」に属する寄生虫だ。酸素が極めて少ないサケやマスノスケ(キングサーモン)、ギンザケの骨格筋の中に寄生し、タピオカに似た白い嚢胞ができる「タピオカ病」をもたらす。

研究チームは、DNAを高重複度で塩基配列解析する「ディープシーケンス」と顕微鏡観察によってヘルガヤ・サルミニコラを分析した。その結果、ヘルガヤ・サルミニコラには、ミトコンドリアゲノムのみならず、その運搬や複製に関する核遺伝子もほぼ存在しないことがわかった。ミトコンドリアはエネルギー生成のために酸素を吸収する場であることから、ヘルガヤ・サルミニコラは酸素呼吸しないものと考えられる。

低酸素環境で生存するために、好気呼吸の機能を失った?

研究チームでは、ヘルガヤ・サルミニコラの近縁種の寄生虫「ミクソボルス・スクアマリス」についても、同様の塩基配列解析と顕微鏡観察を行い、比較した。その結果、ヘルガヤ・サルミニコラに存在しないミトコンドリアゲノムがミクソボルス・スクアマリスには存在した。研究チームは「ヘルガヤ・サルミニコラは、宿主の低酸素環境で生存するために、ミトコンドリアゲノムや好気呼吸の機能を失ったのではないか」と考察している。

ヘルガヤ・サルミニコラのエネルギー生成の仕組みについてはまだ解明されていない。フション教授は、「宿主である魚の細胞から吸収しているのかもしれないし、嫌気性生物のように酸素を使わない呼吸機能を持っているのかもしれない」と指摘している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

「ガザは燃えている」、イスラエル軍が地上攻撃開始 

ビジネス

英雇用7カ月連続減、賃金伸び鈍化 失業率4.7%

ワールド

国連調査委、ガザのジェノサイド認定 イスラエル指導

ビジネス

25年全国基準地価は+1.5%、4年連続上昇 大都
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中