最新記事

英語

時代を象徴するジェンダーレスな代名詞

The Decade of the Pronoun

2020年2月8日(土)15時00分
リード・ブレイロック(南カリフォルニア大学言語学部研究員)

アメリカ英語学会が選んだ2010年代の言葉は男女どちらでもない三人称代名詞「they」 Abstract_Art7/SHUTTERSTOCK

<ジェンダーの多様性を求める社会の動きが「they」の意味を変え始めた>

今、時代を表す言葉は代名詞のようだ。

アメリカ英語学会は先頃、2019年の「今年の言葉」を発表。今回は「2010年代の言葉」も同時に選んだ。

筆者を含む200人以上の投票によって選ばれた「今年の言葉」は「(my)pronouns」、「2010年代の言葉」は三人称単数としての「they」だった。「(my)pronouns」は「自分の意思で決める代名詞」という意味だから、「they」と共に自らを男性・女性のどちらでもないと認識する「ノンバイナリー」な人々への見方の変化を表す言葉だ。

「今年の言葉」の趣旨は、言語の自然な進化を分かりやすく示すこと。候補となる言葉は、その年の世相を映し出す新語・流行語でなくてはならない。17年は「fake news(フェイクニュース)」、18年は不法入国した家族の子供だけを引き離して収容するために設けた施設をトランプ政権が優しげな表現で呼んだ「tender-age shelter」だった。

アメリカ英語学会の「今年の言葉」は30回目と最も歴史があるが、メリアム・ウェブスター辞典やオックスフォード英語辞典も同様の言葉を選んでいる。メリアム・ウェブスターが選んだ19年の「今年の言葉」も「they」だった。

アメリカ英語学会が選んだ「(my)pronouns」は、あるトレンドに光を当てる。SNSのプロフィール欄などで、自分を指す際に使ってほしい代名詞を選べるようになってきたことだ。背景には、ノンバイナリーな人々が希望の人称を気兼ねなく提示できるようになればという空気がある。

新しい用法に抵抗感も

「2010年代の言葉」は、「they」がノンバイナリーな人々を指す三人称単数としても使われるようになったことに光を当てている。

昔から「they」は、性別が不明な人を差す場合や性別が重要でない文脈で三人称単数として使われていた。「その人(they)の名前は?」という具合だ。しかし「he」か「she」か断定しにくい人々の三人称単数として受け入れられたのは、最近のことだ。

言葉は文化とともに変わる。ノンバイナリーな人々の性自認を尊重しようという社会の流れが言語にも波及し、変化しないはずの代名詞を変え、「he」と「she」の不動のコンビに新顔「they」を加えた。

言語のジェンダーギャップを埋めるこの動きは、アメリカの南部で「y'all」という言葉が二人称複数の代名詞として使われているのに似ているかもしれない(一般的な「you」では単数か複数かは明確に分からない)。ただし「y'all」は「you」と「all」が自然に合体して生まれたが、三人称単数としての「they」は社会の意識的な動きから広まった。この「they」に抵抗感を持つ人が少なくないのは、そのせいだろう。

言語学者のエバン・ブラッドリーは最近の研究で、単数としての「they」を「正しい英語」だと思うかと人々に尋ねた。すると性別が不明な人を指す従来の用法は広く認められたが、ノンバイナリーな人を指す「they」を受け入れるかどうかは回答者のジェンダー観に左右された。

社会のジェンダー観がもっと自由になれば、新しい意味の「they」もさらに根を下ろすのだろう。

The Conversation

Reed Blaylock, PhD candidate in Linguistics, University of Southern California - Dornsife College of Letters, Arts and Sciences

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

<本誌2020年2月4日号掲載>

20200211issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年2月11日号(2月4日発売)は「私たちが日本の●●を好きな理由【韓国人編】」特集。歌人・タレント/そば職人/DJ/デザイナー/鉄道マニア......。日本のカルチャーに惚れ込んだ韓国人たちの知られざる物語から、日本と韓国を見つめ直す。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

香港の高層複合住宅で大規模火災、13人死亡 逃げ遅

ビジネス

中国万科の社債急落、政府が債務再編検討を指示と報道

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中