最新記事

東南アジア

インドネシア、2019年は民主主義劣化 人権団体が報告書で警告

2020年2月28日(金)17時50分
大塚智彦(PanAsiaNews)

宗教関連の権利侵害事案が深刻化

インドネシアの別のNGOでシンクタンクでもある「スタラ研究所」は「過去12年間に宗教関連の自由、人権侵害事案が2400件以上報告されており、2019年はその前年より改善していない」としており、特に宗教に関係した事案が深刻化しているとの認識を示した。

インドネシアは憲法で複数の宗教の自由をうたっている「非イスラム国」ではあるが、人口の約88%と圧倒的多数を占めるイスラム教徒によるキリスト教徒、ヒンズー教徒、仏教徒などいわゆる宗教的少数者へのいわれなき誹謗中傷、迫害、差別、人権侵害が多発している。

2月14日のバレンタインデーも元来がキリスト教の祭事に由来することから一部急進的イスラム教組織が「イスラム教徒はバレンタインデーを祝うな」と圧力をかける一幕もあった(「バレンタイン反対!? 《異教徒の祭り》にイスラム教主流の国は「祝うな、避妊具売るな」と強要」)。

 さらにLGBTなどの性的少数者や民族的少数者などへの差別も増加傾向にあり、ジョコ・ウィドド大統領が強調する「多様性の中の統一」や「寛容性」といった国是が揺らぎつつあるのが今のインドネシアといえる。

民主主義指数では「欠陥のある民主主義」

イギリスの経済を専門にした定期刊行物「エコノミスト」の調査部門である「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」が毎年実施している各国の民主主義の状況を指数で表した調査というものがある。2019年のこの「民主主義指数」では世界167カ国の中でインドネシアは64位で10点満点の6.48点で「欠陥のある民主主義国」のカテゴリーに含まれている。

ちなみに1位はノルウェー、2位アイスランド、3位スウェーデンと続き、日本は韓国に次いで24位、米は25位となっている。

選挙の票集めのための「民主主義」

インドネシアのこうした深刻な人権状況、劣化している民主主義の現状についてアスファナワティYLBHI代表は「ジョコ・ウィドド大統領とその側近は状況を理解しているだろうが、政治治安法務担当調整相以下の閣僚が深い関心を示していないのが問題」と指摘する。

さらに政治家の多くにとって「民主主義という言葉が単に選挙時の集票手段になっている」と政治家、国会・地方議会議員の責任を追及。政府全体、政治家全員が関心を持つことの重要性を訴えている。

さらに「国民も人権侵害事案など目撃したことや直面した問題などを携帯電話などで記録し、メディアもそれもきちんと詳しく伝えることで国民全体の関心が高まる」としている。

スハルト長期政権崩壊で勝ち取ったインドネシアの民主主義はその後の歴代大統領によって少しずつその質を高め、確実なものとしてきたはずだが、「劣化や停滞」が伝えられる今、「インドネシアの民主主義は危機を迎えようとしている」と言えるかもしれない状況だ。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



20200303issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月3日号(2月26日発売)は「AI時代の英語学習」特集。自動翻訳(機械翻訳)はどこまで使えるのか? AI翻訳・通訳を使いこなすのに必要な英語力とは? ロッシェル・カップによる、AIも間違える「交渉英語」文例集も収録。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

「ディール」迫るトランプ氏、ゼレンスキー氏は領土割

ビジネス

アングル:屋台販売で稼ぐ中国の高級ホテル、デフレ下

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に入る国はどこ?
  • 4
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 5
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 6
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 7
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 8
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 10
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中