最新記事

日本

それでも民主主義は「ほどよい」制度だろう

2020年1月21日(火)17時45分
待鳥聡史(京都大学法学部教授)※アステイオン91より転載

民主主義は手間と費用がかかる仕組み

内閣府の「選択する未来」委員会という有識者会議が二〇一五年に出した報告によれば、約九〇年後に当たる二一一〇年の日本の人口は中位推計で四二八六万人(現在のアルジェリアやウクライナとほぼ同じ)、現状のまま推移すると生産性の向上も困難で、二〇四〇年代以降は実質GDP成長率のマイナスが続くという。連動して財政や社会保障の課題が深刻になることはいうまでもない。今日までの蓄積を含めて考えても、一〇〇年後の日本は、貧しくはないが現在ほど豊かではない小国、主要国の末席に連なる国になる可能性が高い。

民主主義は手間と費用がかかる仕組みである。小国になった日本に、もはやそのような贅沢は必要ないのではないか、という声が上がるかもしれない。現在でも既に、多数の政治家への報酬や選挙費用は税金の無駄づかいだ、という批判は止むことがない。もしもAIやそれに続く新技術によって政策決定が代替でき、しかも間違いが減るのなら、願ったり叶ったりだという意見はいっそう強まるだろう。

しかし、一〇〇年後の日本は依然として代議制民主主義を採用しているに違いない。他の主要国が代議制民主主義を超える政治的意思決定の方法をこぞって採用すれば、日本もそれに倣うことになるだろう。そのとき小国に自由はない。だが、そうはならずに選択の余地があるとすれば、現在の制度に近い民主主義体制であり続けるはずだ。

理由は比較的単純である。一つには、代議制民主主義が個々人にとって「ほどよい」ことが挙げられる。自分のことは自分で決めたいが、政治や政策のことばかり考えるのは面倒だ、という平均的な人間像に対して、選挙による政治参加と政治家の一定程度の裁量による政策決定という代議制民主主義の仕組みは適合的である。こうした「ほどよさ」は厳密に定義し測定するのは難しいが、近代以降の社会の実像ではあり、民主主義が広く受け入れられた理由でもあるだろう。一〇〇年後にも、そこは大きく変わらないのではないか。もしAIや新技術が民主主義を代替するのであれば、このような「ほどよさ」を何らかの形で提供できる場合に限られるだろう。

もう一つには、代議制民主主義の方が過ちを是正しやすいことが指摘できる。仮にAIによる政策決定が全面的に採用された場合、それは社会構成員の意識的、無意識的選択の集積を基礎にしている以上、極めて強い民主的正統性を帯びる。しかし、結局は人間の行動や選択を基礎にしたものである以上、間違いがゼロになるわけではない。さらに、学習の過程や効果まで考えると、どこで間違ったかが分からないかもしれない。そのような場合であっても、民主的正統性の高さとブラックボックス的な性質によって是正は困難を極め、場合によっては社会そのものを破綻させる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中