最新記事

イラク

非暴力・非宗派のイラク反政府デモがもたらす希望と混乱

Between Hope and Fear

2019年12月12日(木)19時45分
伊藤めぐみ(イラク在住ジャーナリスト)

magw191212_Iraq4.jpg

政府に抗議する壁画アートは若者の撮影スポットに MEGUMI ITO

男たちに囲まれながら話を聞いていると、テントの外が突然、騒がしくなった。催涙弾が目に突き刺さったという男性が救急車で運ばれていくところだった。

本来、催涙弾は大きな危害を加えることなく集まった人たちを分散させるために使われる。しかし治安部隊は頭部を狙い、殺傷目的で使っている。また彼らは使用期限が過ぎ、威力が増した古い催涙弾を使用している。呼吸困難に陥れば死に至ることもある。

希望か、悲劇の繰り返しか

バグダッドのデモ現場も、それが持つ意味は複雑だ。

人々が暴力を使わず、宗派を問わず一定の秩序をつくり上げたことに希望も感じる。腐敗した政治家や宗教指導者が国を破綻させたのとは対照的だ。しかしイラク現政権と対峙するのは容易ではない。

スンニ派地域であるファルージャの人たちがこう話してくれた。

「政府が変わってほしいと私たちも思っている。でも2013年に自分たちは平和な抗議行動をしていたにもかかわらず、政府に武力で押さえ付けられて死者が出た。抗議運動は、多くの人が殺されるからやめたほうがいい」

今回の運動は宗派を超えてはいるが、シーア派が中心であることには変わりない。問題は政治だけでなく、男女観、宗教観、氏族関係の問題も根深い。

抗議者たちは外国人である筆者に「聞け」「見ろ」と自分の思いを語り、治安部隊が使用した薬莢を見せに来た。そして口々に国連の介入を求める発言をする。特定の外国政府の支援は要らないが、複数の国で現政権の暴力を止めてほしいということなのだ。

都合のよいときだけ他国に介入され翻弄されてきたイラクにとって、これは当然の要求である。もちろんその中にはイラク戦争開戦を支持し、その後の混乱に有効な打つ手を持たなかった日本も含まれる。

イラク戦争から15 年を経て芽生えたこの動きは希望か、新たな混乱の始まりか。人々の我慢は既に限界を超えた。イラクの現政権の暴力を食い止める力はイラク国内にはないと、イラク人は感じている。

<本誌2019年12月17日号掲載>

【参考記事】イラクで再現される「アラブの春」
【参考記事】米制裁で揺らぐイランの中東覇権──支配下のイラクやレバノンでも反イラン暴動

20191217issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

12月17日号(12月10日発売)は「進撃のYahoo!」特集。ニュース産業の破壊者か救世主か――。メディアから記事を集めて配信し、無料のニュース帝国をつくり上げた「巨人」Yahoo!の功罪を問う。[PLUS]米メディア業界で今起きていること。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金与正氏、日米韓の軍事訓練けん制 対抗措置

ワールド

ネパール、暫定首相にカルキ元最高裁長官 来年3月総

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中