最新記事

医療

無重力でがん細胞を無力化できる......? 国際宇宙ステーションで実験へ

2019年12月6日(金)18時30分
松岡由希子

重力をなくしたら、がん細胞に何が起こるのか...... ISS-NASA

<国際宇宙ステーションで「無重力によってがん細胞を無力化するかどうか」を検証するミッションが行われることとなった......>

宇宙飛行には、様々な健康リスクが伴う。2015年に340日間にわたって国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した宇宙飛行士のスコット・ケリー氏は、地球帰還後の検査で、遺伝子発現や認知機能、腸内細菌叢などに宇宙飛行特有の変化が確認された

●参考記事
宇宙滞在で遺伝子や腸内細菌叢が変化していた──双子の宇宙飛行士の比較研究

その一方で、宇宙空間は、医学や医療の進歩に寄与する可能性も秘めている。

「無重力によってがん細胞を無力化するかどうか」を検証

いよいよ2020年、国際宇宙ステーションにおいて、豪シドニー工科大学のジョシュア・チョウ博士を中心とする研究チームにより「無重力によってがん細胞を無力化するかどうか」を検証するミッションが行われることとなった。

がんは、遺伝子変異によって、無限に分裂と増殖を繰り返し、他の組織に浸潤したり、血管やリンパ管を通って転移したりする。一連のメカニズムについては完全に解明されていないものの、がん細胞が機械的な力によって互いに感知し合い、一緒になって固形腫瘍を形成しながら、体に侵入するようシグナルを発するポイントまで成長し続けることはわかっている。また、がん細胞が周囲を感知する際に用いる機械的な力は、重力がある環境でのみ存在する。

研究チームでは、「重力をなくしたら、がん細胞で何が起こるのか」をシミュレーションするため、内部に小型遠心分離機をつけたティッシュ箱サイズの微小重力デバイスを制作した。遠心分離機の中にがん細胞を置き、回転させることで、微小重力の感覚を体験させるというわけだ。

このデバイスを使って、卵巣がん、乳がん、鼻腔がん、肺がんの4種類のがん細胞を微小重力環境においたところ、8割から9割のがん細胞が無力化した。なお、これらのがんは、無力化させづらい種類のがんとして知られている。

また、このシミュレーション結果は、薬剤を一切使わずにがん細胞を無力化させた点でも画期的だ。重力を変化させるだけで、がん細胞の周囲を感知する能力に影響を与えることができた。

微小重力環境を活用した新たな治療法を開発につながる

そしていよいよ、研究チームは、国際宇宙ステーションでの研究ミッションに着手する。チョウ博士らは、2020年初めに、米国のスペースXに出向いて、サンプルのがん細胞を実験モジュールに積み込む。

matuoka1206b.jpg

実験モジュールに積み込む Photo by Sissy Reyes

実験は打ち上げ後7日間行われ、研究チームは、実験期間中、打ち上げ場所に駐在して、データを観測し、細胞の画像を撮影する。サンプルの細胞は、実験期間終了後、自動的に冷凍保存され、21日後にはシャトルを通じて地球へ帰還する予定となっている。研究チームは、帰還後のがん細胞を分析し、遺伝子変化などについて調べる方針だ。

国際宇宙ステーションでの実験でも、シミュレーションと同様の結果が得られれば、微小重力環境を活用した新たな治療法を開発につながるとして、研究チームでは大いに期待を寄せている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米個人投資家、リスクの高い投資を縮小=JPモルガン

ワールド

米最高裁、同性婚合法化判決の撤回申し立てを却下 

ワールド

シリア暫定大統領がホワイトハウス訪問、米国は制裁法

ワールド

COP30実質協議開始、事務局長が参加国に協力呼び
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 9
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 10
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中