最新記事

BOOKS

六本木・銀座は基地の街だった──売春、賭博、闇取引が横行した時代

2019年9月27日(金)16時45分
印南敦史(作家、書評家)

六本木は接収によって流入したアメリカ文化の産物であり、都心に忽然と出現した「東京租界」だったということだ。しかし当然ながら、それは六本木に限った話ではない。

「モンペ姿で銃後を守っていた」女性が「鬼畜米英」のダンスパートナーに

加えて注目すべきは、そこで生きた日本人たちの姿である。米軍が接収した都市空間は「オフリミット」(日本人の立ち入りが禁止された"聖域")だったが、焼け跡で食いつめた日本人は、そこに生き延びるチャンスが転がっていることに気付いたのだ。


 GHQのお膝元である銀座界隈には、占領軍の兵士を当て込んだ土産物屋、靴磨きから闇ドル交換、得体の知れない秘密クラブにいたるまで、占領軍兵士を客にしてかせぐ日本人が群がった。
 銀座界隈は、急速に、そして濃厚にアメリカの植民地のような様相を呈し始め、「リトルアメリカ」と呼ばれるようになった。横文字が氾濫し、銀座の通りの名前はすべてアメリカ風に書き換えられた。たとえば、尾張町の交差点(銀座四丁目)は「タイムズスクエア」。銀座通りは「ニューブロードウェイ」、内幸町の電車通りは「Aアベニュー」といった具合である。(148ページより)

敗戦の年の11月、銀座に占領軍専用のキャバレーやダンスホールが登場すると、ダンスや酒の相手を務める日本人女性が大量に雇われ、熱狂的なダンスブームが巻き起こる。銀座松坂屋の地下に誕生した「オアシス・オブ・ギンザ」は100坪以上、日本でも一、二を争う大きさで、在籍ダンサーは300人以上に達した。ところがそのほとんどが、ダンスの未経験者であったという。


「ほんの数十日前まで彼女達は防空ズキンをかぶり、モンペ姿で銃後を守っていたのである」と「ダンスファン」(一九八七年三月号)という専門誌で回想しているのは、「オアシス・オブ・ギンザ」の支配人を務めていた川北長利。

 「それが一転して鬼畜米英と教えられた国の兵隊のダンスのパートナーになる......。暗たんとした気持ちになったのは私ひとりの感傷だったかも知れないが」(同)(153ページより)

だが、ダンサー志望の若い女性は絶えることがなかった。当時、女性にとってはこれほど高収入が約束される仕事はなかったからだ。

華やかな空間から一歩外に出れば、目の前に広がるのは深い闇に包まれた焼け跡。浮浪児が街頭で眠り、強盗が物陰で息を潜める廃墟に、突如としてゴージャスなアメリカンスタイルのダンスホールが続々と出現し、そこで女性たちが働いていたのである。

しかも煌々としたネオンの輝きを眺め、路上に漏れてくる嬌声に耳を傾けることこそできても、決して内部に足を踏み入れることはできない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、農場やホテルでの不法移民摘発一時停止 働き手不

ワールド

米連邦最高裁、中立でないとの回答58%=ロイター/

ワールド

イスラエル・イラン攻撃応酬で原油高騰、身構える投資

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中