最新記事

アジア情勢

アジアに、アメリカに頼れない「フィンランド化」の波が来る

Asia’s Coming Era of Unpredictability

2019年9月2日(月)19時00分
ロバート・カプラン(ユーラシア・グループ専務理事)

トランプはアジア全体へのビジョンを明確にせずに、アジア各国に対して個別にゼロサムゲーム的な二国間主義の交渉を行う政策を選び、アメリカの同盟国同士を敵対させかねないパンドラの箱を開けてしまった。こうなると最後に勝つのは中国だ。

中国は着実に空・海軍力を増強しており、いずれその戦力は東シナ海における衝突で日本をしのぐとみられる一方、北東アジアの駐留米軍の兵力は減少する可能性がある。日本は今、そんな未来に備えなければならない。

中国は現在好機をうかがっている段階で、これまでのところは、非常に有能な日本の海上自衛隊と持続的に対立する危険を冒すことを望んでいない。

こうしたことはすべて、アメリカの外交および安全保障政策の信頼性が、第2次大戦以来最低になった状態で発生している。意思決定の一貫性が崩れ去ったことで、アジアだけでなく世界的に、アメリカの力に対する信頼は損なわれている。

大統領就任初期にTPP(環太平洋経済連携協定)の離脱を決めたトランプは、高性能兵器がアジア全体に拡散しようとしている時に、同盟関係の構築に背を向け、イラン核合意から離脱しINF全廃条約を破棄するなど、軍事力の抑制に必要な国際管理の枠組みを弱体化させた。

アメリカと同盟関係にあるアジアの国々との信頼と暗黙の理解も著しく損なわれた。信頼性は、大国や指導者にとって最も重要なものだ。

インドは中立を選ぶ

アメリカとインドとの新たな同盟およびインド、オーストラリア、日本、ベトナムを結ぶアジア地域の強いつながりも、それほど助けにはならないかもしれない。アメリカとインドの関係は過去15年間、米中の関係が予測可能で、対処可能であるという特定の状況下で劇的に改善された。だが関税をめぐる新たな混乱により、米中関係の予測可能性または対処可能性は、格段に低くなった。

そうなると地理的に中国に近すぎて安心できないインドは、最終的には2つの大国間のバランスをとる非同盟戦略を再発見する必要があるかもしれない。インドにしてみれば、それほど労力を要することではなく、実際には正式に宣言する必要さえない。アジアの新興国のネットワークに関しては、みせかけの要素が大きく、それほど中身はない。しっかりした予測可能なアメリカのリーダーシップがなければ、たいした成果は期待できないかもしれない。

トランプ大統領の出現は、アメリカ社会、文化、経済が長い時間をかけて変化してきた結果だ。超大国であるアメリカの国内状況は最終的に全世界に影響を及ぼすが、中国もそうだ。テクノロジーの助けを借りた習の強権的な国内政策が、今後10年ほどの間に中産階級の反乱を防ぐことができなくなれば、中国が海外で展開している巨大構想の多くが疑問視され、内部から揺らぐこともあるかもしれない。

日本が「フィンランド化」する

しかし、それは現時点では考えにくいシナリオだ。より可能性が高いのは、中国がインド太平洋とユーラシア全域に軍事力と市場を拡大し続ける一方で、アメリカの第2次大戦後の同盟国に対する責任感が減退し続けることだ。アジアにおいてはそれが「フィンランド化」、すなわち民主主義と資本主義を維持しながら旧ソ連に従属したフィンランドと同じように中国に従属していく動きにつながる。

東は日本から南はオーストラリアまで、アジア地域のアメリカの同盟国は、冷戦中のフィンランドが旧ソ連に接近したように、徐々に中国に近づいていく可能性がある。アメリカの同盟国は、西太平洋地域において地理的、人口統計的、経済的に超大国である中国と仲良くする以外に選択肢はなくなるだろう。

そうなれば、「スパイクマンの世界」の終わりが見える。

(翻訳:村井裕美、栗原紀子)

From Foreign Policy Magazine

20190910issue_cover200.jpg
※9月10日号(9月3日発売)は、「プーチン2020」特集。領土問題で日本をあしらうプーチン。来年に迫った米大統領選にも「アジトプロップ」作戦を仕掛けようとしている。「プーチン永久政権」の次なる標的と世界戦略は? プーチンvs.アメリカの最前線を追う。


ニューズウィーク日本版 英語で学ぶ国際ニュース超入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年5月6日/13日号(4月30日発売)は「英語で学ぶ 国際ニュース超入門」特集。トランプ2.0/関税大戦争/ウクライナ和平/中国・台湾有事/北朝鮮/韓国新大統領……etc.

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中