最新記事

香港

香港デモの敵は、北京ではなく目の前にいる

Hong Kong’s Real Problem Is Inequality

2019年9月2日(月)17時40分
沈聯濤(シエン・リエンタオ、香港大学アジア・グローバル研究所特別研究員)、蕭耿(シアオ・ケン、香港国際金融学会議長)

「東洋の真珠」と呼ばれる香港では社会の格差が広がり続けている MIGUEL CANDELA-SOPA IMAGES-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES

<独裁支配と民主主義の戦いの象徴として描くのは偽りの物語だ。混乱が長引く理由の1つには、社会の格差がある>

1997年に中国に返還されて以来、香港は経済的に繁栄しながら、政治的な「化膿」が悪化を続けてきた。

そして今、世界屈指の裕福なこの都市は、市民の抗議デモにのみ込まれている。道路は封鎖され、空港は麻痺し、時に暴力が振るわれる。

ただし、この混乱は中国固有のものでは決してない。社会の格差問題と向き合わない資本主義制度の将来を映す先例として捉えるべきだ。

危機の最中は感情が理性を圧倒し、ドラマチックな偽りの物語が広まりやすい。一連の混乱に文化の衝突という構図を当てはめて、独裁支配と民主主義というグローバルな戦いの象徴として描く報道は、その分かりやすい例だ。香港・労働党の張超雄(フェルナンド・チャン)議員は、英エコノミスト誌への寄稿で「2つの文明の戦い」と呼んでいる。

このような物語では、「民主主義」が福祉の改善と同じ意味で語られることも多いが、事実に裏付けられているわけではない。政治学者のフランシス・フクヤマも認めるとおり、中央集権的な独裁体制が、非中央集権的で非効率的な民主主義政権より優れた経済的結果をもたらすこともある。そもそも張のように、香港の議員は国際社会で中国政府を自由に批判できる。

中国政府が今回も武力による鎮圧に頼るだろうと思っている人々は、戦わずして勝つことが「究極の戦法」だという孫子の知恵を忘れている。

中国政府は、香港が政治やイデオロギーの戦場になれば、香港だけでなく中国本土の平和と繁栄も損なわれることを理解している。香港の繁栄の基盤を築いてきた「一国二制度」も維持しようとするだろう。

一方で、香港の独立については、中国政府としては考えたくもないはずだ。彼らは反抗期のティーンエージャーを持つ親のように、現在の香港の混乱を、自分たちの中で解決すべき家族の問題と捉えている。

抗議デモの参加者からはアメリカなど外部の介入を求める声も上がっているが、むなしいだけだ。そのような希望は、中米や中央アジアなど世界各地で、アメリカが主導する「民主主義の構築」がたどってきた長い破壊の歴史を分かっていない。

既に香港では、法の支配と選挙による民主主義が、中国の文脈の中でどのように機能できるかという実験が進んでいる。世界正義プロジェクトが発表する「法の支配指数」(2019年)で香港は16位。日本は15位、フランスは17位、スペインは21位、イタリアは28位だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国の世界的な融資活動、最大の受け手は米国=米大学

ビジネス

S&P、丸紅を「A─」に格上げ アウトルックは安定

ワールド

中国、米国産大豆を買い付け 米中首脳会談受け

ビジネス

午後3時のドルは155円前半、一時9カ月半ぶり高値
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中