最新記事

環境

「ヘッチヘッチ論争」を知らずして、現代環境問題は語れない

2019年5月17日(金)15時00分
松野 弘(環境学者・現代社会総合研究所所長)

ヘッチヘッチ論争の舞台となった米ヨセミテ国立公園内のヘッチヘッチ渓谷 By Isaiah West Taber - Sierra Club Bulletin, Vol. VI. No. 4, January, 1908, pg. 211 [1], Public Domain

<地球温暖化やSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれているが、環境問題はなにも急に降ってわいた問題ではない。その原点は260年も前に遡るし、20世紀初頭にアメリカで起こった論争からも教訓を導き出すことができる>

今日の環境問題の源泉は1960年代の高度産業社会化にあると思っている人たちが大半かと思われる。ところが環境問題の原点である公害問題は、遡ること今から260年ほど前の英国の産業革命に由来している。

産業革命は近代的な生産方式による技術革新だったといわれているが、蒸気機関をはじめとする技術革新、それに伴う蒸気機関車・蒸気船の誕生という交通革命をもたらした。産業革命によって、商品の大量生産化や大量輸送化が可能となり、生産方式の革命だけではなく、商品消費の革命をももたらしたのである。

中世の農耕型社会から決別し、産業を社会発展の機軸とする近代産業社会が生み出された。こうした近代産業社会の発展の中で、負の現象となったのが工場による排水物の垂れ流し、労働者の都市集中による都市のスラム化、自然環境の破壊という公害問題・都市問題である。

これらの問題については、エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』(岩波文庫)や角山栄他の『産業革命と民衆』(河出書房新社)等をお読みいただきたい。

近代産業社会が加速度的に発展するとともに、人間の生活環境を破壊する公害問題から、自然環境の収奪や破壊を是とする環境問題へと移っていった。もちろん、現在の中国のように、公害問題が大きな社会問題となってきたことも事実である。

人間の経済発展を機軸とした社会発展には、人間の生活や自然環境の犠牲がつきものであるということを理解していただければと思う。

人間と自然との関係を原点から考えるのが先決

今日の地球環境問題の原点は、人間と自然との関係をどう捉えていくかということに帰着する。近代産業社会以前はキリスト教的な教えの関係もあって、神-人間-自然、という序列的な秩序が自然に対する価値観として当然のこととされており、自然破壊は人間の経済発展のための資材となると考えられていた。

1972年の「ローマレポート」は、現在の過剰な産業社会の発展が継続すれば、地球の化石燃料(石炭・石油等)は枯渇し、いずれ、地球は破滅していくという「成長の限界」説を提起した。きわめて悲観的なこの将来予測が、世界各国が地球環境問題として取り組んでいく契機となったことは周知のことである。

そして今日、人間と自然(生態系)との関係をどのように捉えていくかということが環境問題の重要な課題となっているのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏が第3政党計画にブレーキと報道、当人は否定

ワールド

訪日外国人、4.4%増の340万人 7月として過去

ワールド

中国の7月原油輸入、ロシア産が増加 米国産は2カ月

ビジネス

日経平均は続落、4万3000円割れ 利益確定売り優
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 6
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 10
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中