最新記事

中国

天安門事件とライカ、中国人の「民度」を高めようとした魯迅

2019年4月26日(金)11時15分
譚璐美(たん・ろみ、作家)

それが時間が経つにつれ、「中国の本質とは何なのか、それは日中関係にも深く影を落としているのではないか」という疑問に行き着いた。そして日中関係の真相を探ろうと、今春、『戦争前夜――魯迅、蒋介石の愛した日本』(新潮社)を出版した。作家の魯迅と軍人政治家の蒋介石の軌跡を軸に、「国家」と「国民」の関係を見つめ、現代の日中関係に横たわる違和感や嫌悪感の真相を突き止めようという試みである。

ときは20世紀前半。清国ではアジアでいち早く近代化した明治日本に学ぼうと、日本留学ブームが起こっていた。最盛期の1906年には約1万2000人の清国留学生が来日し、8割が東京にいたという。魯迅も蒋介石も日本留学生だった。

夏目漱石に憧れた魯迅は、近代化した文芸のかたちを「口語体による短編小説」だと見定めて、『狂人日記』を書いて有名になった。革命に身を投じた蒋介石は、日本で学んだ軍人精神を発揮し、軍人として次第に頭角を表して、ついには国家の最高権力者に上り詰めた。

その過程で、ふたりは「ペンと剣の闘い」に火花を散らし、真っ向から対峙する。「国家」を夢見る蒋介石と、「国民」を見つめる魯迅が、日本の侵略と国内権力争いの時代の中で、かつて愛した日本との関係に悩み、葛藤しつつも、日本人との友情を大切に思う姿を描いた人間ドラマである。

この人間ドラマの中で、1902年に来日した魯迅に大きな影響を与えたのが嘉納治五郎である。NHKで放送中の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」に登場し、スポーツを通して人間形成を広めようと情熱を傾ける嘉納は「柔道の父」として知られているが、1902年に清国人のための日本語学校「弘文学院」を創設した事実はあまり知られていない。魯迅は「弘文学院」の第一期生だった。

中国では一度も「公理」を重んじる教育が行われてこなかった

嘉納は1902年夏、2か月に及ぶ清国視察旅行へ出かけ、帰国後の10月に「弘文学院」の最初の卒業式で、次のような講話を行った。

「清国で最も急を要する教育は普通教育と実業教育であり......普通教育の目指すものは、国家の一員としての資格を備えた国民の養成である......中国の改革は急進的にではなく、平和的で斬新的に行うのが良い」そして「中国の国民性」について、嘉納は「中国の国体は、『支那人種(漢民族)』が『満州人種』の下に臣服することで成り立っており、この名分にはずれてはならぬ。『支那人種』の教育は『満州人種』に服従することを要点とする......『支那人種』の民族性は長い間にできあがってしまったもので、奴隷的な根性は改善の見込みがない!」と言い切った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中