最新記事

ドキュメンタリー映画

言論バトル『主戦場』を生んだミキ・デザキ監督の問題意識

Changing the Comfort Woman Narrative

2019年4月25日(木)17時00分
朴順梨(ライター)

デザキはまた「これは想像にすぎないが」と断りつつ、自分が日系アメリカ人ということも影響したかもしれないと考えている。「右翼の人たちはアメリカ人向けに『慰安婦は存在しない』というキャンペーンを張っていたので、私が自分たちの役に立つと思ったのだろう。それは左翼の人たちも同様だ」

題名の『主戦場』は、少女像がカリフォルニア州グレンデールに建つなど、慰安婦問題の対立が当事国の日韓ではなく、アメリカで起きているところから取っている。

「なぜ慰安婦と関係がないアメリカに少女像を建てるのか、私も最初は不思議だった。でも左翼系の活動家は日本でこの問題が忘れられているだけに、全世界に少女像を置きたいのだと分かった。一方の右翼系は、アメリカ人の歴史認識を変えられれば世界中に影響が及ぶと考えたのではないか」

magmovie190425shusenjo-3.jpg

カリフォルニア州グレンデールのみならず、慰安婦の碑は世界各地に建設されている ©NO MAN PRODUCTIONS LLC

誰のどんな主張が正しいかという先入観なしに始めたものの、取材中は自身の認識を問われることが何度もあった。「もともと慰安婦問題の知識があるわけではなかった」というデザキは、例えば否定派が米戦争情報局の「日本人捕虜尋問報告書49号」(慰安婦は売春婦もしくは「プロの従軍者」と記したリポート)を示した際などは、心がざわついたと語った。反論するだけの材料を持っていなかったからだ。「インタビュー後はよく、『自分はどう思っているのだろう』と揺れ動いた」

映画には歴史修正主義者らによる差別的な発言が多く登場する。デザキは自らも日系アメリカ人として人種差別を経験してきたため、「これは間違った発言だ」と感じる瞬間はあった。その差別意識は自分に向けられたものではなかったので、耐えることができたという。

韓国で上映したときは、多くの観客が心を乱されている姿を見た。「でもこの作品には慰安婦に差別的ではない日本人も登場する。そのことは韓国人の日本人に対する認識の幅を広げてくれたはずだ」と、デザキは言う。「私はこの映画を作ることで、人助けをしたかった」

なぜ慰安婦問題をテーマにした映画が人助けにつながるのか。そう問うとデザキは、正しい知識を得ることがヘイトクライムの抑止になるからだと語った。「私が教えていた沖縄の高校のスピーチ大会で、ある女子生徒が『反日運動をしている中国人や韓国人には怒りを感じる。きっと日本の成功や技術革新に嫉妬している』と言っていた」

デザキはそのとき、この発言は知識が足りないことが原因だと気付いた。なぜ他国の人が日本に怒りを持つのかを学んで理解すれば、相手と対話ができる、ヘイトクライムは防げる──。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上

ビジネス

良品計画、8月31日の株主に1対2の株式分割

ワールド

中国、タイ・カンボジア国境紛争解決に協力も 「公正

ビジネス

午後3時のドルは146円後半へ上昇、トランプ関税で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 10
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中