最新記事
シリア

婚約者を呼び寄せられず、ドイツからシリアに戻った若者の悲劇

A Deadly Welcome

2019年3月11日(月)16時50分
アンチャル・ボーラ(ジャーナリスト)

アサド大統領のポスターとその下に座り込む男性(昨年6月) OMAR SANADIKI-REUTERS

<ドイツやレバノンなど難民の受け入れ国は帰国を推進するが、現地では帰還者への拷問や虐待が急増している>

シリア内戦が終わりに近づき、空爆の恐怖が沈静化するにつれて、シリア難民の受け入れ国では帰国を促す動きが活発化している。だが帰国した難民を待っているのは、母国を脱出する前と変わらない迫害の日々だ。何人かは悪名高い刑務所に収容され、そのまま行方不明になった。

フォーリン・ポリシー誌は、シリア帰国後に行方不明となった2人の難民の親族に話を聞いた。支援団体によれば、同様の事例は多数ある。何人かは強引に徴兵され、政府軍に入隊した。

シリアは今も以前と同じ警察国家だ。同じ政権、同じ治安機関が数千人の政治犯の拘束を続けている。しかし、レバノンやドイツを含む難民の受け入れ国では、難民の帰国政策を求める政治的圧力が強まっている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、強制送還は国際法違反の可能性が高いと各国に警告した。だが受け入れ国の政府は事実上、帰国政策推進の姿勢を変えておらず、難民と支援者は危機感を強めている。

ドイツに避難していたアッサールという若者は、官僚機構の壁に阻まれてシリアにいる婚約者を呼び寄せることができず、やむを得ず帰国することにした。ドイツ政府が提供する1200ユーロ(約15万円)の支度金と、ドイツ国内で高まる反難民感情も、帰国の決断を後押しした。

ダマスカスに戻って2週間後、アッサールは情報機関の呼び出しを受けた。家族との電話ですぐ帰ると伝えたが、その後消息不明に。両親が仲介者に金を払って調べてもらったところ、拘束されていることが分かった。

今もドイツにいるアッサールのいとこは、こう語った。「彼は何度も(婚約者を)呼び寄せようとしたが、かなわなかった。アッサールは寂しがり、精神的疲労と気分の落ち込みに悩むようになった。それが帰国の最大の理由だ」

アサド政権側の標的に

ドイツ政府は支度金を含む難民の帰国支援に、約4000万ユーロ(約50億円)の予算を組んでいる。表向きは既に帰国を決めた難民の経済的負担の軽減が目的だが、危険な帰国を難民に選択させる要因になっているという批判もある。

アッサールとよく似た事情でドイツを離れたヤシムも、やはり行方不明になった。今もドイツにとどまるいとこのモハンマドによれば、ヤシムは妻を呼び寄せるために必要な書類を用意できなかった。ダマスカス南部のヤルムークにあるパレスチナ難民キャンプで暮らしていたとき、政府軍と反政府勢力の戦闘で全ての書類が失われたためだ。

「彼はドイツを出国後、レバノン・シリア国境付近で拘束された。その後のことは何も分からない」と、モハンマドは言った。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中