最新記事
シリア

婚約者を呼び寄せられず、ドイツからシリアに戻った若者の悲劇

A Deadly Welcome

2019年3月11日(月)16時50分
アンチャル・ボーラ(ジャーナリスト)

mag190311deadly-2.jpg

ベルリンで開かれた就職フェアで笑顔を見せるシリア難民 SEAN GALLUP/GETTY IMAGES

この件でドイツ政府の不法行為を非難する者はいない。アッサールもヤシムも自主的に帰国したのだ。しかし、2015年にアンゲラ・メルケル首相が打ち出した大胆な難民受け入れ策への世論の反発が政府に政策転換を迫り、シリア難民を危険な状況に追い込んでいるのも事実だ。

シリア内戦の開始以来、少なくとも数千人が刑務所に送られたまま所在不明になっている。特に帰還難民は、当局の標的になりやすい。一部には国を出る前に抗議行動に参加した過去があったり、当局から反政府勢力の一員と疑われている人々もいるからだ。さらにアサド政権側は、祖国を捨てたこと自体を問題視する姿勢を示唆している。

ドイツの難民支援団体プロ・アジールのベリンダ・バルトルーチは、家族の呼び寄せを制限する政府の決定は難民を自暴自棄な行動に走らせる恐れがあると指摘する。例えば戦争と拷問から逃れてきた人々が、「迫害や殺害、非人間的生活」が待つ祖国に戻ることもその1つだ。

ドイツ政府は国際法に違反していないが、倫理的な問題は残ると、バルトルーチは言う。

イギリスに本拠を置くNGO「シリアのパレスチナ人アクショングループ」のアフマド・ホサインは、特にシリアのキャンプにいたパレスチナ難民がシリアに帰国するケースを追跡調査している(アッサールとヤシムもパレスチナ人)。

昨年12月、家族の呼び寄せを受け入れ国に拒否され、ヨーロッパからシリアに戻った数人のパレスチナ難民が政府軍に逮捕されたと、ホサインは言う。「現在の状況や所在は不明だ」

今も続く拷問と不法拘束

ホサインによれば、レバノンからも少なくとも3人がシリアに戻り、行方不明になった。レバノン政府は、昨年1年間に約11万人のシリア人が自主的に帰国したと主張している(UNHCRの集計では約1万7000人)。

レバノンの支援団体「サワー開発・支援」のエレナ・ホッジスは、政府の数字は全くの誇張であり、自主的な帰国かどうかも疑わしいと言う。「現地では『自主的』と『強制』の間の線引きが議論になっている」

100万人以上のシリア難民にとって、レバノンは内戦初期から滞在が困難な国だった。就職に制限があり、居住許可の取得も難しい。多くの難民が借金や食料不足に苦しんでいる。

レバノンにいるシリア人の大半は、まだ帰国するのは不安だと言う。それでもレバノンでは暮らしていけないので、戻るしかないと話す難民もいる。

「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由に、生命や自由が脅威にさらされる恐れのある」難民を強制帰国させてはならないと、国連の「難民の地位に関する条約(難民条約)」は明確に述べている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ停戦案、ハマスは修正要求 米特使「受け入れられ

ワールド

米国防長官、「中国の脅威」警告 アジア同盟国に国防

ビジネス

中国5月製造業PMIは49.5、2カ月連続50割れ

ビジネス

アングル:中国のロボタクシー企業、こぞって中東に進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 2
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が知らないアメリカの死刑、リアルな一部始終
  • 3
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 4
    「ホットヨガ」は本当に健康的なのか?...医師らが語…
  • 5
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 6
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 9
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 10
    メーガン妃は「お辞儀」したのか?...シャーロット王…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が知らないアメリカの死刑、リアルな一部始終
  • 3
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 4
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 6
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 10
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 7
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中