最新記事

ギリシャ

マケドニア問題で分かったギリシャ首相は意外と有能

2019年2月4日(月)16時00分
イアニス・バブーリアス

マケドニアの国名変更が議会で承認され、拍手するツィプラス(右手前)  COSTAS BALTAS-REUTERS

<ツィプラスは反緊縮政策のポピュリストから親米・親EUの現実派首相に変身した>

バルカン半島に歴史的瞬間が訪れた。ギリシャ議会が1月25日、隣国旧ユーゴスラビアのマケドニアが国名を(ギリシャのマケドニア地方と明確に区別できる)「北マケドニア」に変更することを承認したのだ。これで北マケドニアはNATOとEUへの加盟に向けて前進した。

この日はちょうど、ギリシャの与党・急進左派連合(SYRIZA)が15年の総選挙で勝利してから4回目の記念日だった。承認を求めるツィプラス首相は採決の前日、「歴史がギリシャの正しさを証明する」と議会演説で主張。野党・新民主主義党(ND)のキリアコス・ミツォタキス党首ら反対派を批判した。「あなた方の攻撃対象は外交ではない。私を攻めたいだけだ」

確かに反対派は首相に怒っている。だが、それはツィプラスが誰よりもうまくやったからだ。外国との交渉も、連立与党への対応でも(連立相手の小政党は結局、政権を離脱した)、ギリシャ全土で吹き荒れる抗議の嵐に対しても。

複数の外国政府当局者は、マケドニア問題でツィプラスが示した外交的勇気を称賛する。15年の総選挙直後とは、大きな変わりようだ。ツィプラスは当時、EUとの関係を抜本的に見直す再交渉を開始。その結果、ギリシャ経済はどん底に沈み、国内対立は激化した。

ツィプラスは結局、自分自身が呼び掛けた(EUが求める緊縮政策受け入れの是非を問う)国民投票の結果を無視して、緊縮路線に舵を切った。

それでもツィプラスとSYRIZAは15年秋の選挙で生き残りに成功。それ以降、過激な主張を少しずつ修正して国際社会にアピールする一方、国内でも強固な支持層を何とかつなぎ留めてきた。

こうしてツィプラスは反緊縮政策のポピュリストから、90年代以降で最も親米・親EU傾向の強い首相に変身。08年の財政危機以降でEUの財政規律を最もよく守る指導者になった。

マケドニア問題の難しい交渉をまとめ上げたことで、外国での高評価は決定的なものになった。ドイツのウェルト紙は、「欧米のリーダーシップ不在にツィプラスだけが逆らっている」と見出しで絶賛した。

外交手腕と内政手腕は別

ただ、国内の反対派の見方は違う。ギリシャ共産党にとってはNATOの操り人形、ナショナリストにとっては裏切り者だ。外国や党内の評価が高くても、一般国民の支持率アップにはつながっていない。

ギリシャでは10年以上前から、緊縮政策と改革の重みに耐えかねて政権が短期間で崩壊する事態が続いてきたが、ツィプラスとSYRIZAは何とか持ちこたえている。それでも政権側の代償は大きく、ツィプラスの人気はミツォタキスに後れを取っている。政権奪取の原動力だった左派の動きも鈍い。

だが、ギリシャの政治が金融危機最悪期の「バルカン化」(小勢力の群雄割拠状態)を克服したことは明らかだ。今は74年の民政移管後に続いた2大政党制が復活しつつある。ツィプラスはSYRIZAを安定した中道左派政党に変貌させた。

ただし、一般国民は現在も緊縮財政の影響に苦しんでいる。失業率は低下したが、まだ18%前後。低賃金と生活不安はごく普通の日常だ。EUに課された緊縮政策が終わった後、この厳しい現実も終わると、ツィプラスが国民を説得できるかどうか。マケドニア問題で外国から絶賛された外交手腕が、内政問題の解決にも役立つ保証はない。

From Foreign Policy Magazine

<2018年2月5日号掲載>

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

IBM、コンフルエントを110億ドルで買収 AI需

ワールド

EU9カ国、「欧州製品の優先採用」に慎重姿勢 加盟

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中