最新記事

国籍

二重国籍者はどの国が保護すべきか?──国籍という不条理(2)

2019年1月30日(水)15時55分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

さて国家にとって厄介な事態が生ずるのは、領域的主権と人的管轄権にずれが生ずる場合である。市民革命を経て人の移動の自由が権利とされ、しかも移動技術が飛躍的に進歩したため、人々はかつてよりはるかに活発に国境を越えるようになった。つまり移民や難民の規模が非常に大きくなると、市民と非市民が同じ領土内でともに居住することになる。

今日の自由民主主義国家は、領域内の人々が市民であろうが非市民であろうが、彼らの人権を保護し、彼らの生命財産を守り、子供には教育を、病人には医療サービスも提供するのが原則だとされている。しかも国家がその領土で提供する治安維持や財産権保護といった基本的サービスは、経済学者が公共財と呼ぶものであって、費用を負担しないからといってその便益から排除できない。つまり市民であろうと非市民であろうと、当該国家にいる限りその恩恵を享受する。

もちろん非市民も、とりわけ居住者であれば市民と同様に税金を支払っているだろう。むしろ市民以上に国家や地元コミュニティに貢献している非市民も少なくないだろう。その限りでは国家の提供するサービスに費用を払わないでただ乗りする、フリーライドの問題は生じない。だからこそ、代表なければ課税なしの原則に照らせば、むしろ居住している外国人にも、地方参政権といわず国政でも参政権を与えるべきだ、と主張することもできよう。

しかし国家が継続的に存続するために、そのメンバーに負担を求めるのは税金だけではなく、人的・政治的そして精神的な負担が分担されてこそ国家は再生産できる。国家は時に危険の分担もメンバーに求めざるを得ない。警察官、消防士、海上保安官といった人々に危険を伴う任務を果たすよう求めても、誰もそれに応じなければ国家は存続できない。そのことを最も鋭く示すのが、兵役の義務である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル内閣、26年度予算案承認 国防費は紛争前

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反

ビジネス

ユーロ圏第3四半期GDP、前期比+0.3%に上方修
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 7
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 8
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 9
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中