最新記事
日本社会

就職氷河期世代を襲う「セルフ・ネグレクト」 自らの健康を蝕む「緩慢な自殺」とは?

2018年12月20日(木)19時23分
菅野 久美子(フリーライター) *東洋経済オンラインからの転載

この研究結果は、あくまで高齢者に絞った内容になっているが、セルフ・ネグレクトは高齢者の問題だけではないと井上さんは力説する。

「高齢者はまだいいんですよ。65歳以上だったら、介護保険制度があるので、何らかの形で地域包括の方や、民生委員の方がコンタクトを取りに行くんです。民生委員の訪問などは頻繁ではないかもしれませんが、その中で何らかの異変に気づいてもらえるきっかけにはなる。何らかの兆候が発見されて、介護サービスにつなげられる可能性がまだあるんです」

むしろ難しいのは65歳未満だという。井上さんは例を挙げる。例えば、50代でリストラされて、失業した男性がふとしたきっかけでお酒に手を出してしまう。そして、そのまま酒浸りになり、アルコール性肝障害にかかってしまう。しかし、賃貸アパートということもあり、両隣と付き合いのないまま男性は孤立。行政のサポートからはあぶれているし、仮に亡くなったとしても、まったく発見されないため、孤立死してしまう。

リストラや配偶者との離婚や死別から、セルフ・ネグレクトになって孤独死するといったケースは、確かに特殊清掃の現場でもよく見られた。

リストラは、誰にだって人生の一大事だし、離婚や死別なんていったら、落ち込むどころではない。しかし、それらはいつ訪れるかもわからない。そのぐらい私たちにとっては身近な出来事だ。セルフ・ネグレクトに陥っても、福祉の網の目にはかからないのが、より一層この問題を見えなくしている。

団塊ジュニア、ゆとり世代は要注意

孤独死の危険が高いのは、団塊ジュニア、そして、ゆとり世代だ。30~40代の働き盛り、まさに就職氷河期世代で、非正規でずっと生きてきた人も多く、職場の人間関係も乏しい。金銭的に苦しいため、結婚もできない。まさに、この人たちは孤独死予備軍である。さらに、内閣府の調査で70万人といわれる引きこもり(予備軍は155万人)も、すでにセルフ・ネグレクトと言えるケースもあるだろうし、身の回りの世話をしてくれる両親がいなくなったときに、セルフ・ネグレクトから孤独死に陥ることも十分に考えられる。

セルフ・ネグレクトには、介入しづらい。そもそも見守りなどのシステム自体もない高齢者以外は、介入の前に存在の発見さえも難しいことがある。

『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします


それこそ孤独死してから、臭いが発生するまで、セルフ・ネグレクトであることを住民の誰もが知らないということも考えられる。また仮に近隣の住民が、「なんかおかしい」と思ってはいても、付き合いの浅い賃貸住宅などでは、見て見ぬふりをすることだってある。

「孤独死は、周りの人たちとのコミュニケーションが薄い状態がもたらすということ。地域でも、会社でも、趣味でもいい。人とのコミュニケーションを密にすることが大事なんです。人付き合いのわずらわしさは確かにあるんですよ。でも、そこをできるだけ面倒臭がらないことですね」

自分がセルフ・ネグレクトになったとしても、誰も助けてくれない可能性もある。そのため、「誰もがセルフ・ネグレクトに陥ってしまうかもしれないという危機意識は持っていたほうがいい」。井上さんは語った。

※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。
toyokeizai_logo200.jpg

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、国民に「直接資金還元」する医療保険制度

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに最大

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中