最新記事

サイエンス

暴走する中国ゲノム研究

China’s Bioethics Struggles Enter the Spotlight

2018年12月6日(木)17時00分
マーラ・ビステンダール(サイエンスライター)

クリスパーを使った実験は健康な子供が欲しいという親の願いに応えるもので、批判は覚悟の上だと開き直る賀 China Stringer Network-REUTERS

<やはり中国か――世界中の研究者が頭を抱えた危険な「遺伝子ベビー」誕生の背景を探る>

数年前、科学誌サイエンスの中国通信員をしていた当時、見知らぬ若手研究者からメールが送られてきた。その頃私の元には自分の研究をメディアで取り上げてほしいというメールがよく来ていたが、そのメールは必死さで群を抜いていた。

中国と香港でヒトに感染し、多数の死者を出した鳥インフルエンザA(H7N9)について、自分たちは「昼夜を分かたず」、そのウイルスのDNA配列を調べている──というのだ。

私がこのメールを思い出したのはつい最近。11月25日の夜、中国・南方科技大学の賀建奎(ホー・チエンコイ)准教授が世界で初めてゲノム編集で遺伝子を書き換えた受精卵からヒトの双子の赤ちゃんを誕生させたと発表し、世界に激震が走ったときだ。そう、例のメールの差出人はまさに賀だった。

今回の実験で賀が使ったのはクリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)と呼ばれる、「分子のはさみ」で遺伝子を切り貼りできる技術だ。男性側がHIVに感染した7組のカップルを対象に体外受精を行い、HIVに耐性を持つよう受精卵の遺伝子を改変したという。

今のところ妊娠にこぎ着けたケースは1件だけで、娜娜(ナーナー)と露露(ルールー)という双子の女の子が生まれたと、賀は述べている。

賀は査読付きの学術誌に論文が掲載されるのを待たずに、AP通信に話を持ち込み、YouTubeにも一連の動画を投稿した。その1つで彼はこう豪語している。「双子は普通の赤ちゃんと変わらず元気だ。私の研究が批判を浴びるのは承知の上だが、この技術を必要とする親たちがいるのは事実。彼らのために私が批判を受けて立つ」

賀は動画を見た人に娜娜と露露にメールを送るよう呼び掛け、アドレスを表示している。だが彼が双子に施したと主張する技術は安全性が確認されていない。双子の将来の健康には大きな不安が付きまとう。

スタンドプレーの温床

癌の治療から作物の品種改良までさまざまな分野に革命をもたらしてきたクリスパー。いずれはヒトの生殖にもこの技術が使われる可能性があると、専門家はみていた。ただ、デザイナーベビーの誕生につながる危険性もあり、ヒトの受精卵を使った研究には一定の歯止めをかけるべきだというのが研究者の一致した見解だ。米国科学アカデミーは、研究の対象を既存の技術では対応不能な医療上の必要性が明らかに認められる場合に限定するよう推奨している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ミランFRB理事、来年の成長は米中緊張の行方次第

ワールド

イスラエルとハマス、合意違反と非難応酬 ラファ検問

ビジネス

ABB、AIデータセンター向け事業好調 米新規受注

ワールド

ロシア、中印の公式声明を重視 トランプ氏の「原油購
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇跡の成長をもたらしたフレキシキュリティーとは
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 9
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 10
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中