最新記事

東南アジア

シンガポール、次期首相最有力候補にヘン財務相 「リー王朝」批判避ける狙いも

2018年11月26日(月)17時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

リー首相の息子「政治に無関心」

初代のリー・クアンユー首相の後継者となったゴー・チョウクトン首相はリー一族ではないが、それ故に就任直後から「リー・シェンロン氏への中継ぎ政権」「リー・クアンユー首相のクローン」などの批判が起きた。これは父親が長男に直接政権を譲ることで起きる「世襲」批判を避ける狙いがあったと言われており、今回も同様の措置で「いずれはリー・シェンロン首相の息子が政界入りして"王朝"を継承するのではないか」との憶測も出ている。

そのリー・シェンロン首相の息子リー・ホンイー氏は2017年6月にFace Bookに「私は政治に心底関心がない」と投稿して政界進出の可能性を一応全面的に否定している。

実はリー一族を巡ってはリー・クアンユー初代首相の長男であるリー・シェンロン首相に対し、次男つまり弟のリー・シェンヤン氏(シングテル元CEO)と長女、妹のリー・ウェイリンさん(国立脳神経科学院運営)が共に「父の遺産を政治課題実現のために悪用している」「リー一族は当代限りで政界から引退するべきだ」などと主張する事態になっている。

兄弟の諍いの背景には「父親の遺産相続」を巡る問題があり、そのため弟リー・シェンヤン氏と妹リー・ウェイリンさんが共に「首相は息子を首相後継者にする政治的野心を抱いている」と指摘しているとも言われる。

兄弟が共に息子の政界入り否定

こうした経緯からヘン氏が次期首相に就任しても「リー一族の世襲批判を抑えるための中継ぎ政権」との批判が再び出てくる可能性は排除できない。リー・シェンロン首相の弟と妹が「シンガポールという国は(リー)一族より大きくあらねばならない」と現体制を厳しく批判していることも、そうした空気が国民の中に存在することの証左と言える。

弟のリー・シェンヤン氏の長男の政界入りも一時噂になったことがあるが、「息子は米大学での研究者をしており、政界入りには関心がない」とリー・シェンロン首相と同様に一族の政界入りに否定的な立場を示している。

国民の中には、そうしたリー・クアンユー初代首相の長男、次男がそれぞれの息子について「政治に無関心」という発言を信用していない見方も存在する。

もっとも政府による報道規制で官製メディアのマスコミしか存在しないシンガポールで、正面切って現政権や歴代首相とその一族を批判することは許されておらず、どこまでそうした「リー王朝への反発」の空気が広がるかどうかは未知数である。

シンガポールが「明るい北朝鮮」を脱して本当の意味での民主国家に生まれ変わるにはまだ紆余曲折が待ち構えていることだけは間違いないだろう。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を

ワールド

アングル:中国企業、希少木材や高級茶をトークン化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中