最新記事

北朝鮮

「みすぼらしいけど頑張った」金正恩の本音トークに見る残念な勘違い

2018年9月19日(水)12時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

第3回の南北首脳会談で平壌を訪問した韓国の文在寅大統領を出迎える金正恩・朝鮮労働党委員長 Pyeongyang Press Corps/REUTERS

<金正恩はざっくばらんな性格のようだが、北朝鮮の人民を抑圧していることには目が向いていないようだ>

北朝鮮の金正恩党委員長は18日、今年3回目となる南北首脳会談のために平壌を訪れた韓国の文在寅大統領と、同氏の宿泊先である百花園(ペッカウォン)迎賓館で歓談した際、次のように述べたという。

「発展した国に比べたらみすぼらしい」

「水準は少し低いかもしれないが、最大限誠意を見せた宿泊所であり、日程だ」

また、5月26日に板門店(パンムンジョム)の北朝鮮側施設「統一閣」で行った2回目の首脳会談に触れ、「文在寅大統領が板門店のわれわれ側にいらっしゃったのに、場所と環境があまりにアレだったので(良くなかったので)、きちんと迎えられなかったことが心に引っかかっていた。だから今日を待っていた」と言葉に力を込めたとされる。

これは、金正恩氏の偽らざる本心だろう。「ナントカ強国」とか「人類史に残る偉業」とか、誇大妄想的な体制宣伝を繰り返す北朝鮮メディアの論調に慣れた耳には、金正恩氏の本音トークは心地よく響く。金正恩氏は、もともとざっくばらんな性格のようだ。そうでなければ、自国メディアで自分のヘンな写真を次々公開したりはしないだろう。

参考記事:金正恩氏が自分の"ヘンな写真"をせっせと公開するのはナゼなのか

ただ、「発展した国に比べたらみすぼらしい」というのは、言わずもがなだろう。

北朝鮮の国家経済の水準は、文在寅氏のみならず世界の多くの人々が承知の上だ。停滞する経済の背景に独裁政権の失政があるのは明らかだが、対話を進める以上、それはそれとして受け止めたうえで、「今ある北朝鮮の魅力」を探り出そうとしている人も少なくない。特に今回、文在寅氏とともに訪朝したサムスンやSKなど韓国の財閥オーナーら経済人は、そのような目を持っているのではないか。

では、北朝鮮の魅力はどこにあるのか。ひとつ挙げるとすれば、「国民のたくましさ」だ。十万人単位の餓死者が出た1990年代の大飢饉を転機に、人々は生き延びるため、社会主義体制下では禁止されてきた「商売」に乗り出した。それまで、金儲けの方法などまったく教わる機会がなかったにも関わらずだ。

そして今や、北朝鮮経済では様々なビジネス・アイデアが芽を出し、社会の営みを支えている。これこそは成熟し切った先進国が失いつつある、「将来性」という名の輝かしい魅力だ。

それなのに金正恩氏は、「非社会主義的現象を根絶」に血道を上げている。自分で稼いだお金でファッションを楽しみ、街に華やかさを添える若者らを「腐敗堕落している」として取り締まり、人々の「心の自由」を抑えつけているのだ。

参考記事:【動画と解説】北朝鮮「異色的な外人モデル」摘発映像

そもそも、本気で韓国大統領一行を歓迎する気があるなら、韓流ドラマをこっそり見たというくらいで、拷問したり粛清したりする野蛮な行いから止めたらどうなのか。

人々の「心の自由」がより輝きを放つようになれば、独裁体制が今後しばらく失政を続けるとしても、北朝鮮は輝きを保つことができるだろう。


[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中