最新記事

「戦後」の克服

元米兵捕虜が教えてくれた、謝罪と許しの意味

SEEKING A SENSE OF CLOSURE

2018年8月15日(水)19時30分
小暮聡子(本誌記者)

ここにいて、居心地がいいか――。中学時代、アメリカのドラマや映画を観てアメリカに憧れ、ホームステイを経験していた私は、そのアメリカが祖父を裁いたことを知ると複雑な感情を抱くようになっていた。フックが評価してくれた祖父が、なぜ「戦犯」として裁かれたのか。祖父を裁いたアメリカとは、どんな国なのだろう。

その答えが知りたくて02年にアメリカの大学に留学すると、アメリカは翌年にイラク戦争を始めた。祖父側の視点で語られる物語に親しんで育った私の心には、彼の無念さが染み付いていたのかもしれない。祖父が勤めた時事通信社のワシントン支局でインターンとして働き、イラクに空爆を繰り返すアメリカの様子を追い掛けながら、私はやるせなさを感じていた。「勝っても負けても戦争ほど愚かしく、残酷で、むなしいものはない」と祖父が書き残し、終戦後も人々の心に大きな傷痕を残す戦争を、アメリカはまだ続けている――。

一方、祖父のことを調べる過程で、祖父を追及するアメリカ側の視点も見えてきた。米国立公文書館で見つけた祖父の裁判資料や、偶然手にした釜石収容所にいた元捕虜のアメリカ人先任将校が書いた本の中には、オランダ人のフックが手紙の中で回想する祖父像とは懸け離れた記述が並んでいた。

「オネスト・マネジメント(不正なき管理)」がモットーだったという祖父は、この先任将校から見ると規則にかたくななほど厳格で、捕虜側の申し入れに耳を貸さないとっつきにくい所長だった。また捕虜が規則を犯した際、暴力的な私的制裁を避けるために祖父が科した「営倉(拘束施設)に入れる」という処罰は、捕虜にとっては苦痛であり屈辱だった。

03年に初めてADBC総会に参加すると、国内外で捕らわれていた捕虜たちが語る「捕虜側の歴史」が目の前に広がった。この戦友会で目の当たりにしたのは、今まさにスタークが私に語ってくれたような、元捕虜やその家族が戦中から戦後もずっと苦しみ続けてきたという現実だった。

以来、私はずっと、捕虜側の苦しみと祖父の苦しみの間で立ち往生してきたのだと思う。仕事やプライベートで元捕虜やその家族に会い、彼らの苦しみを前にするたび、心の底から申し訳ない気持ちになる。祖父の側に、もしくは日本の側にどのような事情があったとしても、日本軍の下での捕虜生活が精神的、肉体的に筆紙に尽くし難い苦難であったことは、紛れもない事実だ。だがそうしたとき、元捕虜たちに何という言葉を掛ければいいのだろう。自分がやっていないことについて謝ることはできない。それでも、「アイム・ソーリー」とは言いたくなる。そう言ったとして、それは相手の心に届くのだろうか――。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ギニアビサウでクーデターか、軍幹部が権力掌握宣言 

ワールド

英、既存石油・ガス田での新規採掘を条件付き許可へ 

ビジネス

中国工業部門利益、10月は5.5%減 3カ月ぶりマ

ワールド

暗号資産企業の株式トークン販売巡る米SECの緩和措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中