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「戦後」の克服

元米兵捕虜が教えてくれた、謝罪と許しの意味

SEEKING A SENSE OF CLOSURE

2018年8月15日(水)19時30分
小暮聡子(本誌記者)

そしてあらためて私のほうに向き直ると、突然こう言った。「さて、今度は私が君に聞く番だ。君はアメリカにいて、居心地がいいか。この大会にいて、友好的なものを感じるか」

意表を突かれた思いだった。唐突な展開に付いていけず何度か質問の意味をただしたが、「さあ、正直に言ってごらん」と言われ、ますます言葉に詰まった。つらい経験を振り返り、心の内をさらけ出してくれたスタークに表面的な答えを返せば、彼の誠意を踏みにじることになる。

私は震える声で、こう切り出した。「私の祖父は、捕虜収容所の所長でした」。さっきまで取材相手だった人が、「オーケー」と続きを促す。今度は私が話す番だった。

祖父とアメリカの間で

祖父、稲木誠は44年4月から終戦まで、岩手県釜石市にあった収容所の所長として日本製鐵釜石製鉄所で働く連合軍捕虜約400人を管理していた。捕虜の国籍はオランダ、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで、その多くは若者だった。祖父も当時28歳だった。

終戦が迫った45年7月と8月、釜石市は太平洋から連合軍による艦砲射撃を浴び、釜石収容所でも捕虜32人が犠牲になった。祖父は戦後、艦砲射撃の際の安全管理責任や捕虜への不法待遇などを問われて「B級戦犯」となり、A級戦犯らと共に巣鴨プリズンに5年半拘禁された。祖父は広島文理科大学で英語や哲学を学んだ後に学徒兵として徴集されたため、プリズンでは英字誌のタイムやニューズウィークを読んでいた。アメリカの質の高いジャーナリズムに触れて日本の敗北を思い知ったという祖父は、出所後に時事通信社の記者になり、晩年に自分の体験をいくつかの手記として発表した。

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戦時中、釜石捕虜収容所の所長だった筆者の祖父・稲木誠

祖父は「戦犯」だった。私がそれを知ったのは、高校2年のある夏の日だ。

祖父は私が7歳のときに他界していたため、戦争体験については残された手記などを通して初めて知ることができた。手記には祖父が捕虜の管理に尽力したことが事細かに記され、戦犯とされたことに納得できない様子がにじみ出ていた。著書の1つにはこうつづられている。「戦争中の捕虜の苦痛を思い、自分の収容所から多数の死傷者が出たことを悲しんだ。その遺族の人たちの嘆き、怒りを想像すると、石をもって打たれてもいいと思った。だが、犯罪を犯したとは、どうしても考えられなかった」

しかし戦後30年が過ぎた頃、祖父の心を救うニュースが舞い込んでくる。釜石収容所にいたオランダ人の元捕虜ヨハン・フレデリック・ファン・デル・フックから釜石市長宛てに手紙が届き、「収容所での取り扱いは良く、重労働を強いられることはありませんでした」と書かれていたのだ。これをきっかけに祖父とフックは文通を始め、収容所での生活を振り返ったり、互いの家族の話や日蘭関係の歴史について語り合ったりと、敵味方を超えた友情を育んでいった。

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