最新記事

多文化共生

過半数が中国人の団地も! 変貌すさまじい「西川口チャイナタウン」は多文化共生を探る

2018年8月23日(木)21時20分
舛友 雄大(ジャーナリスト) ※東洋経済オンラインから転載

北京でも滅多にお目にかかれない東北料理・鉄鍋炖を提供するのが「縢記熟食坊」だ。店員が巨大な鉄鍋の中に川魚や野菜をテキパキと放り込むと、頃合いを見計らってさらに鍋の際に黄色のパン生地がペタペタと貼られていく。これを眺めるのが楽しい。

スタッフによると、この店のオーナーはこれまでも東京で日本の好みにあった「台湾料理」店を展開していたが、このような本格路線は初めての試みだったそうだ。予想外の成功で、店には日本人ファンも駆けつける。年内に同じエリアに2号店を開くことが決まったほどだ。

同じく中国駐在経験のある日本人の間で評判となっているのが蘭州料理店「ザムザムの泉」。昨年夏にオープンした。ご主人が注文を受けてからカウンター席の前で麺を引いてくれる。「池袋だったら回転率が高く、家賃も高く、味に集中できないから」と彼は西川口で実験的に開店した理由を明かす。

他にも、馬堅さん(32歳)は故郷の味を再現したくこの地でウイグル料理店「火焔山」を開いた。ウルムチでスマホ修理を生業としていた馬さんは、奥さんの親戚が日本にいたことをきっかけに2007年に来日。当初は弁当工場で惣菜を作る仕事に就いていたが、そのうちにその経験を生かして店を出すことを思いついた。「東京や千葉方面から客が来ることもあります」。試行錯誤で味を改良しており、お客がいっぱいになるときが一番楽しいと言う。

チャイナタウンの「進化」

中国人移民の社会ステータスの上昇とともにチャイナタウンの進化は続きそうだ。それを暗示するように、芝園団地に住む中国人住民の流動性は高い。より良い教育環境を求めて別の場所へ移っていく傾向がある。

山下教授は、アメリカの例をあげつつ、中国人が今後さらに遠い郊外、または都内の高層マンションに移っていく可能性を指摘する。たとえば、元来ロサンゼルスのチャイナタウンはダウンタウンにあったが、より豊かな新華僑の到来で、第2のチャイナタウン(モントレーパーク)、さらには第3のチャイナタウン(ローランドハイツ)へと次第に郊外化が進んだ。上述の王琳さんも「いつかはマイカーやマイホームが欲しい」と漏らす。

自然発生的に誕生しつつある西川口チャイナタウンの現場を歩いていて実感するのは、国の存在のなさだ。中国人の定住化は留学生の受け入れを推し進め、最近では外国人IT人材を確保に動き始めている国の諸政策と密接に関係しているにもかかわらずである。先駆けて浮上した日系ブラジル人の定着問題と同じで、政府は入り口だけを議論し、あとは地元に「おまかせ」の格好だ。

今夏、外国人単純労働者受け入れの制度設計に向け議論が展開されているが、相変わらず企業の経済的打算に基づいたニュースしか聞こえてこない。移民政策の事実上の開始とも言われる今回の制度をきっかけに、外国人の統合政策についても大いに議論されるべきではないだろうか。西川口チャイナタウンで垣間見える日中住民の不和、そして交流へ向けた努力はそのことを端的に示しているように思える。

※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。
toyokeizai_logo200.jpg

ニューズウィーク日本版 コメ高騰の真犯人
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月24日号(6月17日発売)は「コメ高騰の真犯人」特集。なぜコメの価格は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、G7日程切り上げ帰国へ 中東情勢に対応

ビジネス

日米関税交渉は延長戦、「認識なお一致せず」と石破首

ワールド

中国、国民のイスラエル出国促す 大使館「治安悪化」

ワールド

欧州外相がイランと電話会談、核協議復帰と紛争激化回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染みだが、彼らは代わりにどの絵文字を使っている?
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 7
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 8
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    「そっと触れただけなのに...」客席乗務員から「辱め…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中