最新記事

イスラム過激派

世界最多のイスラム教徒擁するインドネシアで過激思想が浸透? 温床はモスクと大学

2018年7月12日(木)17時45分
大塚智彦(PanAsiaNews)

公共施設のモスクが急進派のターゲット

高等教育の現場と並んで政府、治安当局が危惧しているのが、イスラム教の「モスク」での過激思想の浸透だ。

「イスラム教学校と社会開発連盟(P3C)」が2017年に9〜10月にかけてボランティアが収集したジャカルタ周辺にある100か所の公共施設内のモスクで行われた説教のビデオ、録音を分析した結果がこのほどまとまった。100か所のモスクの内訳は政府機関のモスクが28か所、各省庁のモスクが35か所、国営企業のモスクが37か所となっている。

そして100か所のモスクのうち、41か所のモスクで説教を行った導師の話した内容が、急進的で過激だったという。特に金曜日の礼拝では他宗教の否定的な側面を強調したり、カリフ制に基づくイスラム国家建設を訴えたり、さらにヘイトスピーチも含まれる極めて危険な内容だったという。

特に国営企業にあるモスクにその傾向が強く、国営企業のモスク21か所で、急進派グループの浸透が確認されたとし、早急な対応の必要性が指摘された。

P3Cのアグス・ムハンマド議長は「こうした時にこそイスラム穏健派の指導者がモスクで信者の前に立つべきだ。もしそれができない場合は多くのモスクが過激思想に圧倒される事態になるだろう」とインドネシア最大のイスラム穏健組織「ナフダトール・ウラマ(NU)」(支持者3000万人)のオンラインネットに書きこんだ。

そして同代表は「通常のイスラム教徒がそうした過激思想の説教や急進派メンバーの動きを認知した場合は、関係機関に速やかに通報することも過激思想拡大を未然防ぐことになる」と協力を呼びかけた。

急進派と穏健派の隔ては紙一重

インドネシアのイスラム教徒は厳格なイスラム教の教えを遵守する人びとから比較的世俗的な人々まで混在している。

スマトラ島最北端のアチェ州はイスラム法が適用され、イスラム教徒の女性は頭部を覆う「ヒジャブ(頭巾)」と長袖、長いスカートの着用が義務付けられている。飲酒は厳禁で各種の刑事罰にはむち打ち刑も導入されている。一方、ジャカルタなどの都市部ではヒジャブを着用しない女性も多く、まさに「寛容」と「共生」に溢れている。

大多数のイスラム教徒は穏健で過激思想やテロとは無縁である。しかし、職場やキャンパスで過激思想をイスラム教指導者や同僚、知人から繰り返し刷り込まれることで、知らず知らずに染まってしまうケースが多く、大半の人は自分の「信仰が篤くなった結果」程度の意識しかないという。

それだけに政府やイスラム教穏健団体、治安当局は事態を重視し、モスクやキャンパスという「聖域」での過激思想の拡大、浸透阻止に懸命に取り組もうとしている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 ガザの叫びを聞け
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月2日号(11月26日発売)は「ガザの叫びを聞け」特集。「天井なき監獄」を生きる若者たちがつづった10年の記録[PLUS]強硬中国のトリセツ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

JPモルガン、カナリーワーフに巨大な英本社ビル新設

ワールド

特別リポート:トランプ氏の「報復」、少なくとも47

ビジネス

欧州委、SHEINへの圧力を強化 パリ裁判所の審理

ワールド

米大統領が中国挑発しないよう助言との事実ない=日米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中