最新記事

貿易戦争

トランプの予測不可能な通商政策は世界もアメリカも貧しくする

2018年6月18日(月)17時00分
アミト・バタビャル(米ロチェスター工科大学教授)

カナダのケベックに集まったG7首脳の中でトランプはまさに壊し屋を演じた(6月9日)  Denzel/REUTERS

<戦後アメリカは合法的で信頼できる貿易体制を作ることで世界を繁栄に導いた。だがトランプのやり方は、G7の同盟国も世界最大の中国も認めていない>

国と国が互いに商品やサービスを売り買いするのは、その方が双方にとって得だからだ。

北国のアイスランドがオレンジを生産するべきでないのは、気候条件を考えれば当然だ。オレンジは安く生産できるスペインから輸入して、アイスランドは近海に豊富な魚をスペインに輸出する方が理にかなっている

19世紀半ばにイギリスとフランスが初の通商条約を締結して以降、自由貿易が爆圧的に増え、世界の人々に空前の富と繁栄をもたらした理由はまさにそこにある。数百の貿易協定が結ばれ、第二次大戦以降はアメリカを中心とした国々が、ルールに基づく自由貿易体制を築いた。

だが今、その体制づくりを主導したアメリカが、先頭に立ってそれを破壊しようとしている。6月上旬にカナダで開催された先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)では、ドナルド・トランプ米政権は首脳宣言に「ルールに基づく国際秩序」という文言を入れることにすら反発し、最終的には宣言の承認を取り消した。

筆者の専門分野である国際経済学は、通商政策を成功させるには、相互に関連する3つの要件を満たす必要がある、と説く。1)不確実性を減らすこと、2)長期的な意思決定を容易にすること、3)合法的で信頼できることだ。

最近のトランプの通商政策は、3つの要件全てにおいて不合格だ。

近代自由貿易の誕生

イギリスとフランスは1860年1月23日、産業革命以降で初となる通商条約、通称「コブデン・シュバリエ条約」を締結した。

その条約で、英仏両国は貿易障壁を撤廃し、ある国に有利な条件を与えたら同じ待遇を相手国にも与える「最恵国待遇」を認め合った。

それからわずか15年以内に、さまざまな国がさらに56もの2国間の貿易協定を締結した。おかげで1870年から2度の世界大戦が始まる1914年まで、世界にはグローバル化の波が押し寄せた。

戦後の廃墟の中から1948年に発足したのが、ルールに基づく自由貿易体制を目指した関税貿易一般協定(GATT)だ。その目的は、1930年代の世界恐慌中に各国が自国の産業を守ろうとして貿易を行わなくなる「保護主義」を排除し、崩壊した世界経済を一刻も早く回復させることだった。

自由貿易の促進に向けたほぼ半世紀にわたる多国間交渉の末、1995年にGATTの後継として世界貿易機関(WTO)が設立された。ルールに基づく現代版の自由貿易体制の要として、WTOは現在164か国が加盟し、世界貿易総額の96%以上を占める。

カギを握る3つの要件

このシステムが長年うまくいったのは、WTOとその最大の旗振り役であるアメリカなどの主要国が、3つの要件を自国の通商政策に反映させてきたからだ。つまり、加盟国は、

1)予測可能な通商政策を打ち出すことで不確実性を減らし、

2)消費者や企業が長期的な意思決定もしやすい環境を整え、

3)WTO加盟国も非加盟国もはっきり理解できるような、合法的で信頼性のあるルールを示してきた。

アメリカはGATTとWTO両方の発足の立役者であるにもかかわらず、トランプの通商政策はそれらの指針に従わない。彼は現在の自由貿易体制の存続を保証するより、むしろぶち壊すことの方に興味があるようにみえる。しかもことあるごとに、WTOを脱退するかもしれない、と脅しをかけている。

トランプとしては、輸入関税を発動し、それもやると言ったりやらないと言ったりして予測不可能に振る舞い、同盟国さえビジネス上の敵として扱うことで、有利な条件を引き出せると考えているようだ。だがむしろ、これらの戦術は逆効果だという証拠が揃いつつある。

不確実性の種をまく

トランプの政策が生んだ最悪のものは、貿易相手国がアメリカの貿易政策に対していだく不確実性だろう。

鉄鋼とアルミニウムへの追加関税がよい例だ。トランプ政権は3月、鉄鋼に25%、アルミに10%の関税を一律に課すと表明。特に中国を念頭に、対米輸出で政府補助金を支給したりダンピング(不当廉売)を行ったりした国を制裁するためだ、と説明した。

カナダ、EU、メキシコなどの同盟国が一斉に反発すると、トランプ政権はそれらの国を一時的に適用除外にした。だが約2カ月後の5月31日、適用除外を撤回して追加関税の適用に踏み切り、大きな混乱を引き起こした。そのわずか1週間後のG7で、トランプは6カ国とのあらゆる貿易を即座に停止するかもしれないと脅迫。そうかと思えば今度は、すべての国が関税を完全に撤廃するよう提案したりもした。

もう1つ、トランプが不確実性を増やした最近の例が、中国の通信機器大手の中興通訊(ZTE)をめぐる一連の騒動だ。米商務省は2017年3月、イランや北朝鮮に米国製品を違法に輸出したとして、ZTEに11億9000万ドルの罰金の支払いを命じた。さらに今年4月、ZTEが依然として違法な輸出を行っていたとして、同社の主力製品の製造に不可欠な部品の調達先である米企業との取引を7年間禁止する制裁措置を発表。ZTEにとって最も打撃が大きかったのは米半導体大手クアルコムとの取引禁止で、1カ月以内に主力製品の生産停止に追い込まれた。

だがトランプは発表の数週間後、突然歩み寄る姿勢を見せ、ツイッターに「(ZTEが)ビジネスに早く戻れるよう、中国の習近平国家主席とともに取り組んでいる」と投稿。「中国であまりに多くの仕事がなくなった。米商務省にはすでに(制裁緩和に向けた)指示をした」と書き込んだ。

そんな風に態度がころころ変われば、不確実性ばかりが増し、貿易は停滞する。

意思決定が困難に

世界中に輸出先を持つハイテク機器メーカーで働くアメリカ人ビジネスマンの立場になって考えてみよう。

そのメーカーの製品は原料に鉄鋼とアルミを使用しているため、トランプが追加関税を発動したことで、将来的な仕入れ価格の予測が困難になる。そうなれば当然、製品の価格設定にも影響する。顧客も安価な類似品に乗り換えるのか、そうでないかも分からない。

そうした不確実性は、会社全体に悪影響を及ぼす。

決して仮の話などでなく、企業はすでに警戒を強めている。米自動車大手フォード・モーターと北米トヨタはともに、鉄鋼とアルミへの追加関税で輸入コストが上昇し、アメリカでの健全な設備投資の判断に支障が出るとして不満を表明した。

「追加関税は違法」

トランプが発動した鉄鋼とアルミへの追加関税は、そもそも合法的なのか、と疑問視する声も広がっている。

アンゲラ・メルケル独首相とエマニュエル・マクロン仏大統領はそろって、今回の追加関税は違法だと断言した。EUも同調し、アメリカを相手取ってWTOに提訴した。安全保障を理由にした輸入制限だというアメリカの主張をWTOの判事が認めるかどうかは不透明だ。

G7閉幕後、カナダのジャスティン・トルドー首相は、カナダがアメリカにとって安全保障上の脅威になり得るなどというのは侮辱だ、発言した。ジェームズ・マティス米国防長官でさえ、安全保障は輸入制限の口実として説得力はないと苦言を呈したと伝えられている。

その険悪な雰囲気からは、アメリカの長年の友好国ですら、トランプ政権による最近の措置は違法であり、そうした交渉姿勢は理解不能でお手上げだ、と考えているのが見て取れる。

重要な教訓

そもそもアメリカが世界一豊かで強い国なのは、現在のルールに基づく自由貿易体制を重視してきたからだ。

トランプの通商政策は、アメリカの長年の成功体験の上に積み上げるどころか、大混乱を起こしている。しかもそのやり方では何ら有利な条件を引き出せていない。

中国は6月16日、米国からの輸入500億ドル(約5兆5300億円)相当に追加関税を課すと発表した。トランプが6月15日に発表した同様の関税に対する報復措置だ。どちらも7月6日から新関税を適用するとしている。

貿易であれ得意の取引であれ、トランプは交渉の際、ルールをぶち破るのが好きなようだ。彼は学習すべきだ。アメリカを偉大にしたのは、そういうやり方ではなかったのだと。

(翻訳:河原里香)

Amitrajeet A. Batabyal, Arthur J. Gosnell Professor of Economics, Rochester Institute of Technology

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米石油・ガス業界、昨年のM&A投資は4倍強の盛況

ビジネス

米、家電・鉄道車両・EV部品などの鉄鋼・アルミ関税

ワールド

太陽光発電業界、過剰生産能力の抑制必要=中国工業情

ビジネス

米データブリックス、資金調達後に評価額が1000億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    【クイズ】2028年に完成予定...「世界で最も高いビル…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 7
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 8
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 9
    時速600キロ、中国の超高速リニアが直面する課題「ト…
  • 10
    「吐きそうになった...」高速列車で前席のカップルが…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 7
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中