最新記事

アメリカ社会

新しい「窒素ガス」による死刑は完璧か? 薬物注射やガス室に比べるとマシだが欠陥だらけ

2018年6月7日(木)17時33分
チャールズ・ブランク(米オレゴン健康科学大学医学部教授、腫瘍専門医)

電気椅子の場合、死刑囚の体が燃え上がったり、何度も電気ショックを与えなければならなかったりした事例がある。ガス室は12の州が人道的な方法として採用しているが、失敗率が5%に上り、死刑囚が長い間もがき苦しんだり、痙攣を起こした例が報告されている。

死刑執行方法として最も一般的な薬物注射は、失敗率がほかのどの方法よりも高く、7%超になる。静脈に何度か注射をする必要があるのだが、とくに死刑囚が麻薬常用者や慢性疾患の患者のように何度も注射を繰り返して血管が硬くなっている場合、静脈を見つけるのは極めて難しい。

今年アラバマ州で行われた例では、医師が最後は男性死刑囚の鼠径部に注射針を刺して膀胱を傷つけたあげく、死刑執行期限の午前0時になってしまい中断された。「死んだほうがましな」激痛だったと、この死刑囚は医師に語ったという。

加えて近年は多くの製薬会社が、医療用の薬物が死刑執行に使われているというイメージを嫌がり、自社製品が刑務所に回らないよう流通を規制し始めている。薬物注射による死刑執行は物理的に難しくなってきているのだ。

実用性に多くの疑問

窒素ガスによる処刑は実行可能なのかについても、多くの疑問が残っている。たとえば、もし死刑囚の顔面を密着性の高いマスクで覆えば、呼吸ができず苦しくならないか。マスクで顔面を覆っても、窒素ガスが漏れて効かない可能性はないのか。部屋全体を、高純度の窒素ガスで充満させる必要があるのだろうか。マスクや部屋の空気に微量の酸素が残っていた場合、死ぬまで時間がかかるか失敗するかして、結果的に死刑囚が昏睡状態や脳損傷に陥る恐れはないか。

しかも、窒素ガスの医学的な品質に関する規制がないため、死刑執行用に検査をする場合でも品質管理をどう徹底したらいいかわからない。もし汚染されたガスだったらどうなるのか。窒素ガスメーカーは製薬会社と違い、死刑用とわかっても供給し続けてくれるだろうか。

最も重要なのは、窒素ガスを使った処刑が、合衆国憲法の禁じる「残酷で異常な刑罰」に相当しないかどうかだ。

人は普段、生命維持に必要な量の酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出して呼吸する。酸欠の経験者はみな、ひどい苦痛だったと言う。だが窒素ガス使用を支持する人々に言わせれば、苦痛は酸欠のせい(いわゆる酸素欠乏症)ではなく二酸化炭素の蓄積のせいだという。窒素ガスを吸う間も二酸化炭素を吐き出すことは可能なのだから、死刑囚が酸欠で苦しむはずはない、という。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、イランにホルムズ海峡の機雷撤去要求 「

ワールド

原油先物11%安、供給懸念後退も専門家は早期回復に

ワールド

米ホワイトハウス、ホルムズ海峡船舶護衛を否定 エネ

ワールド

EXCLUSIVE-イラン攻撃で米兵150人負傷、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開された皇太子夫妻の写真が話題に
  • 4
    「一日中見てられる...」元プロゴルファー女性の「目…
  • 5
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 6
    人間ダンサーを連れて「圧巻のパフォーマンス」...こ…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    ホルムズ海峡封鎖、石油危機より怖い「肥料ショック」
  • 9
    身長や外見も審査され、軍隊並みの訓練を受ける...中…
  • 10
    トランプも無視できない? イランで浮上した「危機管…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 4
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中