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新しい「窒素ガス」による死刑は完璧か? 薬物注射やガス室に比べるとマシだが欠陥だらけ

2018年6月7日(木)17時33分
チャールズ・ブランク(米オレゴン健康科学大学医学部教授、腫瘍専門医)

だがもし、窒素ガス賛成派の言うことが間違っていたら? 命に関わるような酸欠状態になった時点で、人は窒息の不安と恐怖に襲われる、とする研究もある。

麻酔薬と違って、窒素ガスには睡眠導入効果がないため、死刑囚は意識を保ちながら苦痛に苛まれる可能性がある。死刑執行の前に眠らせれば、酸欠による不安や恐怖を取り除くことはできるかもしれないが、麻酔をかけるにはまた静脈注射の問題が浮上する。

窒素ガスはかつてペットの安楽死に使われていたが、現在は使われていない点も留意すべきだ。米獣医師会(AVMA)は、窒素ガスを吸った犬や猫が死ぬ間際にもだえ苦しんだ証拠があるとして、ペットの安楽死法として推奨していない。

窒素ガスによる窒息は本当に「安らかな」死を可能にするのか、事前に知ることは不可能なのだ。体験談を話してくれるような窒素ガス事故の生存者は少ないし、人体実験など非倫理的でもってのほかだ。

合憲か否か科学的には証明できない

もし使い古した方法が理想的でなく、窒素ガス使用なら人道的だと証明することもできないのなら、ほかに選択肢はあるのか? 

答えはイエスだ。筆者は今年、薬物注射による死刑に失敗して生き延びた死刑囚が同じ方法による死刑執行停止を訴えた裁判で証言した。裁判所は、薬物注射の代わりに、末期患者の「尊厳死」に使用する目的で使われる経口薬の使用を認める判決を下した。過去の死刑執行でも、経口薬を合法的に使用できたこと例はある。経口薬なら、注射のような失敗は起こりにくい。

それよりも、アメリカが死刑制度を廃止すべきか否かを論じるべきだろうか。一部の州はすでに死刑を廃止するか執行停止に踏み切っているが、アメリカが欧米先進国で唯一、死刑が残る国であることに変わりはない。そして今も、約3000人の死刑囚が執行を待っている。

死刑は憲法でも認められているし、すぐに廃止されることはない。ただし米最高裁は、死刑では不必要または非人道的な苦痛を与えてはならず、憲法に沿った方法で執行されなければならないという判決を下している。

ということは、検討すべきは死刑執行の方法だ。だが、それらが合憲か違憲かを科学的に判断するのは不可能だ。窒素ガスを使った窒息死が苦しくないのかどうかは知るよしもなく、死刑執行の選択肢としてふさわしくない。

(翻訳:河原里香)

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