最新記事

<ワールド・ニュース・アトラス/山田敏弘>

米朝会談キャンセルで、得をしたのは中国を味方に付けた北朝鮮

2018年5月25日(金)15時10分
山田敏弘(ジャーナリスト)

逆に北朝鮮も軍事衝突だけは絶対に避けなければならない。なぜなら、北朝鮮の最大目標が現在の体制維持だからだ。北朝鮮は、米軍が軍事攻撃に乗り出せば、北朝鮮という国が短期間のうちに壊滅させられることを重々承知している。

その流れから見ると、北朝鮮がアメリカや日本にミサイル攻撃に乗り出すことも考えにくい。そんなことをすればアメリカが攻撃に出るのは自明だからだ。

最近話を聞いた米国務省の関係者によれば、「米国務省は水面下でいかにトランプを戦争させないかと必死になって動いてきた」という。軍事攻撃に慎重なマティス国防長官などと同じく、国務省はトランプに軍事攻撃という決断をさせないよう働きかけているようだ。

そうすると、考えられるのは、米朝関係が2017年の時点に逆戻りする可能性だ。つまり、2018年に入ってからの融和ムードの前の状態になり、北朝鮮は、核・ミサイル開発を再開するなど、日本や韓国、そしてアメリカを威嚇する。そして瀬戸際外交に戻り、トランプ政権との口撃合戦を以前のように続ける。

ちなみに北朝鮮のお決まりの瀬戸際外交にはもはやいちいち反応する必要すらない。過去に遡っても、例えば、2013年にも国連の制裁に「米国を攻撃するミサイル部隊は『厳戒態勢にある』」と言ったり、2014年には「すべての邪悪の源であるホワイトハウスとペンタゴンに核兵器を放つだろう」と発言してみたり、2016年には「帝国主義の米国が私たちを少しでも怒らせたら、核兵器による先制攻撃でやり返すことは辞さない」と反応している。最近の暴言はここに記すまでもない。

ただ現在の状況が2017年と違うのは、米朝首脳会談にからんで、北朝鮮が中国との関係を改善できたという事実だ。金正恩にしてみれば、それだけで十分にこの米朝会談「騒動」を巻き起こした甲斐があったのかもしれない。そう考えると、今回のすべての騒動は、トランプの失態だったという見方もできるかもしれない。

またこんなシナリオも考えられる。今後の行方を曖昧なままにしてダラダラと時が過ぎる、というものだ。トランプは「この重要な会談について気が変わったら、遠慮なく電話または手紙をくれればいい」と、書簡に記しているが、今後会談が行われるのかどうか、両国関係はどうなるのか、はっきりしない状況が続き、外交的な交渉は停滞し、時間だけが過ぎていく可能性が高い。

筆者はこのシナリオが最もあり得ると考えている。実はそれこそが、多くの利害関係者にとって最も落ち着ける状況なのかもしれない。心の準備ができていないまま米朝会談の騒動に巻き込まれ、置き去りにされていた日本政府も、内心ホッとしているはずだ。

そもそも、「完全非核化」の意思はない北朝鮮と、「完全非核化」を交渉の条件にしながら強固な戦略が存在しないアメリカとは、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」だろうが何だろうが、非核化で合意に至る可能性は低いと見られていた。非核化に向けた両者の立場に、あまりにも大きな隔たりがあるからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、鉄鋼生産抑制へ対策強化 電炉や水素還元技術を

ビジネス

米総合PMI、10月は54.8に上昇 サービス部門

ビジネス

米CPI、9月前月比+0.3%・前年比+3.0% 

ワールド

加との貿易交渉「困難」、トランプ氏の不満高まる=N
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中