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全国の高校でホットワードとなった「ポートフォリオ」とは? 学力以外の主体的活動も受験評価に

2018年4月17日(火)15時00分
福島 創太(教育社会学者)※東洋経済オンラインより転載

「JAPAN e-Portfolio」や「キャリア・パスポート」を導入する最大の意義は、これからの時代を生き抜く若者にとって重要とされながらも、これまでの学校教育現場ではなかなか可視化されず評価されづらかった取り組みや能力が、自らの振り返りによって記述され、長い期間にわたって成長の記録としてデジタルデータとして蓄積され、それが大学入試や就職活動においても生かすことができるようになることだ。

2015年に教育経済学者の中室牧子氏が上梓した『学力の経済学』(ディスカヴァー21)によって、教育に関する議論にエビデンスが欠落していることが問題だと指摘され、大きな注目を集めた。確かに、戦後からの学校教育をたどると、閉鎖的な学校文化の中で教育という営みはブラックボックス化されてきた。それが最近になって、「競争」と「選択の自由」を志向する新自由主義教育改革などの影響もあり、教育にも説明責任が求められるようになった。それでもなお、その議論も学術的な根拠に欠けているというのが中室氏の主張だ。

しかし『学力の経済学』についても、あくまで『学力』についてエビデンスを示しながら説いた本であって、『教育』全般について論じてはいない。教育が生み出す効果には、創造性や主体性、協調性やコミュニケーション力、自分の将来を考える力などさまざまな要素が考えられるが、そうした要素はこの本の範疇ではないのだ。

実際、これらの効果を学校や教育現場が持っているデータから測定することは現状では難しいだろう。「学校での具体的な取り組み」と「それによる効果」の因果を明らかにできるデータ収集の設計や蓄積が十分とは言いづらいのだ。

ただ、今の教育がどこに向かっているかというと、そうした学力以外の能力をいかに伸ばすか、あるいは能力とも言いづらい、スタンスや在り方をどう育むのかというところにある。それは2018年4月から段階的に適用され始めた新しい学習指導要領を見ても、大学入試制度改革を見ても、さらにはOECDが必要性を強調するキー・コンピテンシーの内容を見ても明らかだ。

そうした潮流とも、この「ポートフォリオ重視」の流れは符合している。つまり、自分自身がどんな意図でなにを実際に行い、そこからなにを感じ、学び、それをまた新たな挑戦にどう生かしたのか、ということを自らの言葉で記述し、その変化を追いかけていくなかで、学力では測りきれなかった生徒たちの変化が可視化されていくことが期待されているのである。

「ポートフォリオ重視」がはらむ危険性

しかし本当にそれだけなのか。このポートフォリオという考え方がはらむ危険性についても今このタイミングで考えておく必要がある。

筆者が懸念しているのは、「ポートフォリオ評価」や「キャリア・パスポート」が若者の活動をコントロールする1つの権力装置になるのではないか、という点である。

学校における通知表や内申点は、学校での生活を制約する機能を持っている。「こんなことをしてバレたら内申点に響くかもしれない」「まじめにやってないと通知表が悪くなるかもしれない」そんなことを思いながら、自分の生活を律したり、何かを踏みとどまったりした経験がある人はきっと少なくないだろう。そんな感覚が彼らのすべての活動にしみだしていくことを危惧しているのだ。

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