最新記事

北朝鮮

ほくそ笑む金正恩、韓国が南北首脳会談前に「腰くだけ」

2018年4月10日(火)11時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮の金正恩は南北、米朝の首脳会談で人権問題が取り上げられることを恐れているが KCNA-REUTERS

<南北首脳会談を前に、人権問題を取り上げないと表明した韓国の文在寅大統領。人権問題を追及されることにナーバスになっていた金正恩はほくそ笑んでいるだろう>

今月27日に北朝鮮の金正恩党委員長と韓国の文在寅大統領との首脳会談が予定される中、北朝鮮の人権問題を巡り、韓国側が「腰くだけ」ぶりを見せている。

人体を「ミンチ」に

韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相は4日の記者会見で、深刻な状況にある北朝鮮の人権侵害問題には一貫して「強い態度」で臨むと述べたが、今月末に予定されている南北首脳会談で文大統領は北朝鮮の人権問題を取り上げる可能性は低いと述べたのだ。

北朝鮮の核問題を解決することが、国際社会と周辺国の緊急の課題であるということに、異論を差しはさむ余地はない。一方、金正恩氏の核開発と切っても切り離せないのが北朝鮮国内の人権問題だ。

金日成主席の時代から続く北朝鮮の国家的な人権侵害は、世界的に非難の的となっている。たかだが、韓流ビデオのファイルを保有していたという容疑だけで、女子大生を拷問し、悲劇的な結末に追いやる人権侵害に、国際社会は厳しい目を向けている。

参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

祖父や父と同様、金正恩氏もまた、残忍な恐怖政治を主導してきた。2013年には、叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を「犬にも劣る醜悪な人間のゴミ」と罵りながら処刑した。2015年の春には玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防相)を人体が「ミンチ」になってしまう「高射銃」で処刑した。2017年には異母兄である金正男氏をマレーシアで猛毒の神経剤VXで暗殺した。

このような行いにより、今や国際社会から「人道に対する罪」を問われつつある金正恩氏が、「フツーの国家指導者」として欧米や日本から認められる余地はもはやない。本人もそのことはよくわかっているはずだ。この絶望感が核・ミサイル開発に突っ走った一つのきっかけだと筆者は見る。

そして、核問題と違って人権問題は取り引きできない。北朝鮮が本当に核兵器を放棄すれば、たとえば韓国や中国は何らかの対価を差し出すかもしれない。核放棄を条件に、米国がある種の取り引きに乗る可能性もある。しかし、すでに行ってしまった人権侵害、犯してしまった虐殺の事実は消すことができない。金正恩氏は、いつまでも「人道に対する罪」を問われ続ける可能性が高いのだ。

北朝鮮が、南北首脳会談や米朝会談を前に人権問題を追及されることにナーバスになっているのは、この間の報道からもわかる。

トランプ米大統領は、金正恩氏による米朝会談の要請を受け入れる前、脱北者らをホワイトハウスに招き北朝鮮の人権状況を聞き取った。また、同氏はその場で、中朝国境での北朝鮮女性の人身売買を自分が「やめさせる」とまで言った。

参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち

トランプ氏が米朝会談の意向を示して以後、北朝鮮メディアは連日のように「人権問題」に関する論評を掲載している。これは、トランプ氏に対して「会談で人権問題を取り上げるな」というメッセージだろう。

仮に米朝首脳会談が開かれたとしても、トランプ氏が北朝鮮の人権問題に言及するかどうかは不明だ。そもそもトランプ氏にどれほどの人権感覚があるのかどうかも疑わしい。

だからこそ、文在寅大統領は金正恩氏の人権侵害に対してなんらかのメッセージを送るべきだが、伝わってくるのは韓国側の腰くだけぶりだ。

人権問題を取り上げないと表明した文氏の姿勢に対して、金正恩氏はほくそ笑んでいるだろう。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン戦争は2週目に、トランプ氏「無条件降伏」求め

ビジネス

アングル:欧州で若者向け住宅購入の新ビジネス、価格

ワールド

焦点:道半ばの中国「社会保険改革」、企業にも個人に

ワールド

昨年の関税合意実施を米と確認、日本が不利にならない
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗雲...専門家「イランの反撃はこれから」「報道と実態にズレ」
  • 2
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 3
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 4
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 5
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 6
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 7
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園…
  • 8
    【WBC】侍ジャパン、大谷翔平人気が引き起こした球場…
  • 9
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 10
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中