最新記事

シリア情勢

シリアの塩素ガス使用疑惑は、欧米諸国の無力を再確認させる

2018年4月9日(月)20時06分
青山弘之(東京外国語大学教授)

東グータ地方のドゥーマー市で化学兵器が使用され、被害者とされる住民の映像 White Helmets/Reuters TV-REUTERS

<シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地方で、再び起きた化学兵器使用疑惑は、欧米諸国の無関心を露呈させただけではなく、現実はさらに過酷なものだった>

東グータ地方(ダマスカス郊外県)のドゥーマー市で活動を続けてきたホワイト・ヘルメットとイスラーム軍は4月7日、ロシア・シリア両軍が同市に対する総攻撃で、焼夷弾、「樽爆弾」、地対地ミサイルに加えて、塩素ガスを使用したと発表、被害者とされる住民の画像や映像を多数公開した。

ホワイト・ヘルメットによると、呼吸困難を訴えた住民は1,000人以上に及び、死者数は「把握できない」ほど多いという。一方、イスラーム軍の広報部門であるクマイト通信は、少なくとも75人が死亡したと発表した。

シリアでは、国連安保理決議第2209号(2015年3月採択)により、サリン・ガスや神経ガスといった化学兵器だけでなく、塩素ガスの使用も禁じられている。だが周知の通り、同国では2012年以降、有毒ガスの使用が頻繁に報告されてきた。

2013年8月と2017年4月には、グータ地方とイドリブ県ハーン・シャイフーン市でシリア軍によるとされる化学兵器使用疑惑が浮上し、欧米諸国が干渉を強めたことは記憶に新しい。また最近では2月に、シリア軍、反体制派、西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)が塩素ガスを使用したとの情報が相次いで流れた。

反体制抗議運動がもっとも激しく展開してきた東グータ地方

今回塩素ガスが使用されたとされる東グータ地方は、「アラブの春」がシリアに波及した2011年3月から反体制抗議運動がもっとも激しく展開し、シリア軍が執拗に攻撃を続けてきた地域の一つだ。ドゥーマー市、ハラスター市、アルバイン市、ザマルカー町、アイン・タルマー村といった衛星都市と農村地帯からなる同地は、シリア内戦以前には219万人(2010年人口統計)を擁していた。だが、戦火のなかで多くの住民が避難、人口は35〜40万人ほどに減少した。

シリア軍は2012年12月、東グータ地方一帯への締め付けを強化し、2013年9月に完全包囲した。以降、この地域は孤立状態に置かれ、生活必需品(そして兵站)は周辺からの密輸に依存、深刻な人道危機に見舞われた。

ロシア、トルコ、イランを保証国とするアスタナ会議(2017年1月〜)の進展に伴い、各地で戦闘が収束に向かうなか、東グータ地方では抵抗が続いた。主導したのは「自由シリア軍」を自称するラフマーン軍団、このラフマーン軍団と共闘するアル=カーイダ系の二つの組織、シャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)、シリア解放戦線(旧シャーム自由人イスラーム運動)、そしてサウジアラビアが支援してきたイスラーム軍だった。

image001.jpg

2018年4月8日の東グータ地方の勢力図

2018年2月半ば、ロシア・シリア両軍は東グータ地方への攻撃を激化させ、反体制派に、武器を棄てて投降するか、シリア北部の反体制派支配地域に退去するよう迫った。同時に、住民には政府支配地域に避難するよう呼びかけ、「安全回廊」を通じた脱出を促した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調

ビジネス

米フォード、4月の米国販売は16%増 EVは急減

ワールド

米イラン核協議、3日予定の4回目会合延期 「米次第
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中