最新記事

戦争の物語

「歴史」とは、「記憶」とは何か(コロンビア大学特別講義・後編)

2018年3月13日(火)17時10分
ニューズウィーク日本版編集部

magSR180313main2-4.jpg

スコット(アメリカ人)「奇襲攻撃というより『だまし討ち』とよく聞く。それは『トラ・トラ・トラ!』などのハリウッド映画から。あとは小さいときに、ヒストリーチャンネルでももう1本見た」 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

私が強調したいのは、共通の記憶を正しく理解しようとするならば、それが歴史であれ記憶であれ、国境の内側にだけ目を向けていてはダメだということです。はい、質問ですね?

【トニー】 記憶はどうやったら国際的になれるのでしょうか。コスモポリタンな記憶、というのはあり得るのでしょうか。

【グラック教授】 とてもいい質問ですね。答えは3つあるでしょう。1つ目は、もともとの戦争の物語というのは国民的なもので、国民性を欠くということはありません。ある国家が戦争を行って、国のために多くの人が犠牲になったのです。国のため、という以上の理由がある場合もありますが、基本的には国家のために死んだわけです。戦争についての共通の記憶が国民的であってはいけない、とは言えません。戦争についての共通の記憶は犠牲者を悼んではいけない、とも言えません。

2つ目の答えは、しかし戦争の記憶は国民的なものだけでもない、ということです。例を挙げましょう。例えばホロコースト、もしくはアウシュビッツは現在、それを実行したナチスや、ユダヤ人やロマなど被害者だけの記憶ではありません。アウシュビッツ、これは記憶の象徴ですが、ホロコーストやジェノサイドは現在、世界中の人々に共通の記憶となっています。人権や、国連のジェノサイド条約などの一部にもなっているのです。

同じことがヒロシマにも言えるでしょう。ヒロシマも、原爆を落としたアメリカや被害国である日本だけの話ではなく、今や核戦争というのは世界にとっての問題です。そのため、ある意味では、これらの記憶は国境を超えたと言えます。コスモポリタン(世界主義的)というより、トランスナショナル(多国籍の)だと言えるでしょう。インターナショナル(国際的)という言葉も違いますね。ホロコーストもヒロシマも、次回以降の講義で話す予定の慰安婦も、国民の記憶の内側にとどまらない、という意味で同じです。

3つ目に、戦争の記憶には現在、インターナショナルでありグローバル(世界的)な側面が生まれているということです。私が呼ぶところの「世界的な記憶の文化」(global memory culture)が生まれているからです。これはトモコが触れた点に関わってくるのですが、1950年には国際政治の中で「謝罪」についての議論などほとんどありませんでした。それが現在、国家元首から自国民に対してや、国家元首から他国の人々に対してというように、あらゆるところで謝罪というものが求められている。これが、世界的な記憶の文化による結果の1つです。

さまざまな場所で謝罪が求められるようになったのは、元をたどればその多くが第二次世界大戦の記憶から生まれた変化でした。オーストラリアやカナダやそのほかさまざまな場所の先住民たちは、この「謝罪の政治」がなければおそらく謝罪を得ることはできなかったでしょう。またこれが現在、自国の話にとどまらないのは、国際的にそう期待されているからです。今はこの期待を無視できなくなってきているのです。

話を戻しましょう。私の前提は、第二次世界大戦の「世界」を守ろうとしているのです(笑)。

【一同】 (笑)

【グラック教授】 さて、これからクイズをします。先ほどと同じように、正しい答えというのはないクイズです。第二次世界大戦は、いつ始まりましたか。

それぞれの国で語られる「第二次世界大戦」

【スペンサー】 1931年。

【グラック教授】 なぜ、1931年?

【スペンサー】 満州事変。日本が満州に......。

【グラック教授】 日本が満州に侵略した。

【スペンサー】 「侵略した」とは言いませんが......。

【グラック教授】 そうですか、中国人は「侵略」と言いたいだろうと思いますよ。ほかに、第二次世界大戦が始まった日は?

【ニック】 1939年9月。

【グラック教授】 1939年9月1日。ナチスによるポーランド侵攻です。ほかには?

【ニック】 1937年。日本が中国と総力戦を始めた日(日中戦争の開始)。

【グラック教授】 1937年、日本が中国と戦争を始めた。日本による中国侵略ですね。ほかには?

【ユカ】 ほとんどの日本人は、第二次世界大戦はパールハーバーから始まったと考えていると思います。

【グラック教授】 そうですね。では、ほとんどのアメリカ人はいつだと思っているでしょうか。

【全員】 パールハーバー!

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉

ワールド

米が111億ドルの武器売却手続き開始、台湾国防部発

ワールド

トランプ米政権、一部帰化者の市民権剥奪強化へ=報道

ワールド

豪ボンダイビーチ銃撃、容疑者親子の軍事訓練示す証拠
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中