最新記事

戦争の物語

歴史問題はなぜ解決しないか(コロンビア大学特別講義・前編)

2018年3月13日(火)17時05分
ニューズウィーク日本版編集部

【ユウコ】 私たちの首相とオバマ大統領がそこを訪れました。

【グラック教授】 日本の首相とアメリカの大統領がそろって訪れたのは初めてです。2人とも、同盟関係であればこういう発言が期待されているということを言いました。「和解」という言葉を繰り返し使ったのです。つまり、日米の間の敵対心はほぼなくなりつつあるということです。生存者もほとんど残っていません。そうしてパールハーバーは新しい共通の記憶になりました。今、皆さんが話してくれた印象というのが、その変化をそのまま映し出しています。

では今度はこういう聞き方をしてみましょう。もしあなたが真珠湾攻撃についての「歴史」を書くとしたら、何を知りたいと思い、何を探し出したいと思いますか。

変わらない事実、変化する共通の物語

【ニック】 真珠湾攻撃の前と後の日米関係について。なぜ日本が攻撃するに至ったのか......。

【グラック教授】 なぜ日本が真珠湾を攻撃したのか、知りたいですよね! それを知るためには、もっと前に戻って別の疑問を投げ掛けなければならないでしょう。日米関係に加えてもっとグローバルな文脈、太平洋の情勢について、アジア情勢について、歴史書から習うようなことを知る必要が出てきます。これらは、記憶の物語にはあまり出てこないことです。私が伝えたいのは、これらは歴史書の領域であるということです。ではもしあなたが歴史家で、真珠湾攻撃の「原因」について知りたいと思ったとき、ほかに知りたくなることは何でしょうか。

【スペンサー】 結果。

【グラック教授】 もちろんです! なぜそれが起きて、その結果どうなったか。これこそが歴史家の議論です。私が強調したいのは、共通の記憶とは歴史との関係があるにもかかわらず歴史とは別の存在で、別の目的を持ち、嘘はつきませんが、ミシェルが言ったように記憶とは時間とともに変わり得るものです。私的な理由で変わることもあれば、地政学的な理由で変わることもあります。単に、重要でなくなったので忘れてしまう、ということもあるでしょう。歴史はそれほど大きな変化はあまりせず、誰かが歴史に疑問を唱えたときに修正されることはありますが、基本的には同じ事実を伝え続けながら解釈に変化が生じ得ます。一方で共通の記憶は、昔は大事ではなかった部分が後になって注目を集めたりすることもあります。

例えば、ハワイの日本人コミュニティーはパールハーバーの一部でしたが、以前はそれほど注目を集めていませんでした。これは、後になって戦時中の日系アメリカ人の経験が語られるなかで出てきた話です。日系アメリカ人の強制収容所について語られるようになり、88年に謝罪や補償があり(編集部注:ロナルド・レーガン大統領政権下で補償法が成立)、日系人がいかに苦しんだかという話がアメリカの共通の記憶にようやく組み込まれたのです。後の世代が初めてパールハーバーに接するのが『トラ・トラ・トラ!』だと言うとき、これが日米合作で日米両方の視点から作られた70年の時点で、既に日米関係は変わっていましたね。

続き(コロンビア大学特別講義・後編)はこちら
特別講義・解説(歴史と向き合わずに和解はできるのか)はこちら


 ニューズウィーク日本版2017年12月12日号
「コロンビア大学特別講義 第1回 戦争の物語」
 CCCメディアハウス
 ※本記事はこの特集号からの転載です。


 ニューズウィーク日本版2018年3月20日号
「コロンビア大学特別講義 第2回 戦争の記憶」
 CCCメディアハウス

【お知らせ】
ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮情勢から英国ロイヤルファミリーの話題まで
世界の動きをウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米国務長官、来年中央アジア5カ国訪問 資源開発協力

ワールド

ポーランド、米国産LNG輸入しウクライナ・スロバキ

ビジネス

米BofA、利益率16─18%に 中期目標公表

ワールド

米政府、来年の中国主催APEC首脳会議で台湾の平等
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中