最新記事

戦争の物語

歴史問題はなぜ解決しないか(コロンビア大学特別講義・前編)

2018年3月13日(火)17時05分
ニューズウィーク日本版編集部

magSR180313main1-5.jpg

ディラン(アメリカ人)「例えば日本のケースでは自虐史観という考えがあって、政治家たちは歴史の詳細を伏せておきたいと思っているようだ。国民の戦争に対する態度を変えるかもしれないから」 Photograph by Q. Sakamaki for Newsweek Japan

記憶というのはいくつかの点で違っているのですが、まず1つは、既にミシェルが指摘してくれたこと。例えば歴史書というのは、基本的には「戦闘靴の音」にまつわる感情的な作用については教えてくれません。(兵士たちが近づいてくるときの)戦闘靴の音を聞いた人が何をどう思ったのかについて、歴史書には伝えることが難しいのです。多くの歴史家たちは、戦場に行った兵士が実際にどう感じたのか、爆弾で殺されそうになったときに何を感じていたのかという、感情的な作用を伝えるのに苦しんできました。一方で、ナチスに支配されたヨーロッパについて書かれた小説の多くは、戦闘靴が近づいてくる音や爆弾が空から飛んでくる音を聞いたときの気持ち、つまり恐怖や不安について教えてくれることでしょう。

もう1つ、記憶が歴史と違うのは、記憶というのは、現代社会のマスメディアや大衆文化を介して世に出回っているものだということです。ベン・アフレックの映画やヒストリーチャンネルも、その媒介手段の例の1つです。これらを介して多くの人々に共有されるものを、「共通の記憶」と呼べるでしょう。

ここでまた質問です。なぜ現在は、パールハーバーについて耳にすることがそれほど多くないのでしょうか。1950年や、真珠湾攻撃から50周年の1991年にはアメリカや日本のメディアは盛んにパールハーバーについて報道していたのですが、今年はどうでしょうか。アメリカではあまり多くは聞かれないと思います。

「パールハーバー」から「9・11」へ

【ユウコ】 あの時代に生きていた人の多くが既に亡くなっているからだと思います。

【グラック教授】 それも1つの理由ですね。個人の記憶が失われた、ということ。真珠湾攻撃を生き抜いた人たちは、もうほとんど生存していないですね。

【トニー】 9・11に(パールハーバーが)取って代わられたことが理由でしょうか。

【グラック教授】 9・11(アメリカ同時多発テロ、01年)が起きたとき、あなたは何歳でどこにいましたか。

【トニー】 10年生で、フロリダ州タンパにいました。

【グラック教授】 なぜそう聞いたかというと、9・11が起きたときにアメリカ人が真っ先に思い浮かべたのが、道行く人からヘンリー・キッシンジャー(元国務長官)、名前は忘れましたがある歌手まで即座に思い浮かべたのが、「これは、もう1つのパールハーバーだ」ということだったからです。アメリカ本土が不意打ちに遭った、奇襲攻撃、だまし討ちされた、と聞いて、さまざまな年代の人が瞬時にパールハーバーと結び付けたのです。つまりそれは、真珠湾攻撃は「アメリカ国土への奇襲攻撃」という形で共通の記憶に刻まれていたということでした。9・11後、とっさの反応として「アメリカの愛国心」が出てきたのも、真珠湾攻撃との結び付きがあったようです。

トニーの質問に戻るとして、9・11がパールハーバーに取って代わったのかという点。ある年代の人にとってはそうでしょうね。9・11しか知らない若い世代にとって、「パールハーバー」は教科書上の出来事でしかありません。ですが、9・11は感情を伴う自分自身の体験として記憶に刻まれたのですから。ほかには? どうして現在はパールハーバーについてあまり聞かないと思いますか。

【トモコ】 日米関係がうまくいっているからでしょうか。もしうまくいっていなかったら、アメリカ人は日本に対して抗議したいと思うかもしれません。

【グラック教授】 そのとおりです。日米関係の変化、というのは重要です。ここまで、個人の記憶について、また9・11についての議論がありましたが、今度は地政学的な議論になります。日米関係は、1941年から1945年までは敵同士だったところから、長年の同盟関係に変化してきました。この間のパールハーバーについての共通の記憶を追っていくと、それが米国内と日本国内の双方で変化してきたことが分かります。そして、2016年の12月に何が起きたでしょうか。これは日米関係の物語の、最終章の局面とも言える出来事でした。誰か分かる方はいますか?

2016年12月にハワイのUSSアリゾナ記念館で何が起きましたか?(編集部注:アメリカ人の学生は誰も手を挙げない)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中