最新記事

貿易戦争

トランプが世界に放つ「異常」関税、専門家が見る5つの論点

2018年3月9日(金)10時36分

●「国家安全保障」で正当化

トランプ氏の関税は、1962年の米通商拡大法232条に基づいており、同条項は「国家安全保障」を理由に輸入制限を認めている。

法律事務所ホワイト・アンド・ケースの調査によると、ニクソン、フォード両大統領はそれぞれ1971年と75年に同法232条を発動し、外国産石油に関税を課した。同条項は1995年にWTOが発足して以来、発動されていなかった。1999年と2001年に米国政府は検討したものの、発動には至らなかった。

WTOは国家安全保障が理由であれば規則の適用除外を認めているが、貿易紛争の防衛策としてそれが使われたことは一度もない。カタールとアラブ首長国連邦(UAE)の間で現在係争中の案件でそれは生じる可能性があるが、同案件は、カタールが積極的に進めようとしない限り実際には棚ざらしの状態にある。

国家安全保障を理由とする米国の主張は、WTOの規則を脅かす可能性がある。他国が米国に追随し、自国の主張を正当化してWTOの規則から除外されようとするためにそれを利用するかもしれないからだ。

だがトランプ大統領は5日、米国の国家安全保障を理由とする関税の正当化を台無しにしたようだ。メキシコとカナダが北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉で「公平な」合意に達するなら、関税適用対象から「除外」するとツイートした。(編集注:カナダとメキシコを関税の対象外とすることが8日正式に発表された)

●コラテラルダメージ

こうした関税には鉄鋼・アルミを製造する米国メーカーを支援する狙いがあるようだが、小型トラックからスープ缶に至るまで、あらゆるメーカーの利益を減少させるだけでなく、価格上昇を招く可能性がある。

また、トランプ氏の究極のライバルである中国よりも、カナダのような米同盟国に損害を与える可能性もある。貿易を専門とする多くのエコノミストは、同氏の貿易に対するゼロサム的で「重商主義」的な考え方は見当違いであり、貿易赤字が常に悪いと考えるのは誤りだと指摘する。

●世界の貿易システムに影響するか

WTOはすでに麻痺(まひ)寸前に陥っている。米国は新たな裁判官の任命を拒否。裁判官の数は通常の7人から4人に減少している。

セーフガード的関税を発端とする貿易戦争は、世界の貿易システムに新たな傷口を開くことになるだろう。約四半世紀に及ぶ秩序を解体し、世界貿易の調停者として、保護主義の監視役として機能してきたWTOの役割を後退させることになるからだ。

(翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)

Tom Miles

[ジュネーブ 5日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2018トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑

ワールド

サウジ6月原油販売価格、大半の地域で上昇 アジア5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中