最新記事

音楽

約3億回再生のMVでトランプ政権に抵抗、20歳の米人気歌手カミラ・カベロ──音楽と政治は無関係ではない

2017年12月7日(木)15時30分
志葉玲(フリージャーナリスト)

「ドリーマー」とは、オバマ政権での移民救済制度「DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)」に登録した若者達のこと。不法入国した親に連れられて子どもの頃に米国に来た若者達は、強制送還に怯え外出すらままならず、教育や就労の機会も限られていた。こうした若者達に対し、バラク・オバマ前米国大統領は、子どもの頃のことに罪はなく、米国しか知らない若者達を国外追放することは非人道的だという判断から、2012年にDACAによる保護を開始。米国に入国時に16歳未満であったことや制度導入時点で31歳未満であったこと、米国内で在学中か高校卒業資格を持っていること、重大な犯罪歴がないこと等を条件に、若者達はドリーマーとしてDACAに登録できる。ドリーマー達は、更新可能な在留許可と就労許可を与えられ、米国籍の若者達と同じように教育費の支援を受けることができるようになった。

だが、トランプ大統領は今年9月、このDACAを撤廃する方針を発表。最悪の場合、全米に約80万人いるとされるドリーマー達が、強制送還される恐れも出てきた。トランプ大統領は今年10月、ドリーマー達の保護と引き換えに、メキシコ国境に壁を建設する予算を認めるよう要求。ドリーマー達に同情的な米民主党の反発を招き、今月8日を期限とする米国の国家予算(暫定)の編成にも大きな混乱をきたしている。

「ハバナ」のミュージックビデオでのメッセージは、トランプ政権から、ドリーマー達を守ろうというカミラの明確な意思表示だろう。実際、米テレビネットワーク大手CNNは、そうした文脈で報じている(関連情報)。ミュージックビデオで訴えるだけではなく、カミラはシングル「ハバナ」の売り上げの全てを、ドリーマー達の権利を守る活動へ寄付すると出演したラジオ番組の中で表明した。

「音楽に政治を持ち込むな」という日本の風潮

ひるがえって日本の音楽業界の状況を見ると、言論の自由がない独裁国家に近いのではとすら思える。2014年末の紅白歌合戦で、サザンオールスターズのボーカル・桑田佳祐はヒトラーを連想させるチョビ髭をつけて歌い、安倍晋三首相の強引な政治手法を皮肉ったが、その後、謝罪に追い込まれた。日本最大級の野外フェス「フジロックフェスティバル」の2016年の開催時に、安保法制に反対した学生グループ「SEALDs」のメンバーがゲストスピーカーとして参加した際も「音楽に政治を持ち込むな」という批判が殺到した。

ブルースやロック、ポップス、ヒップホップ等の近現代の音楽において、社会問題や政治をテーマとし、表現者が自身の信念を語ることは当たり前のことなのだが、日本の音楽業界から主張が排除され、無難なものが一般化している中で、特に日本の若年層の音楽関係者達やリスナー達にとっては、上記のような「音楽を通じて信念を語ること」は、当たり前ではないのかもしれない。だからこそ、現在20歳のカミラのような、確固とした自身の信念を持ち、勇気をもって発信し続ける海外の若手アーティストに是非、注目していただければ、と願う。

[執筆者]
志葉玲
フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
パレスチナやイラクなどの紛争地取材、脱原発・自然エネルギー取材の他、米軍基地問題や反貧困、TPP問題なども取材、幅広く活動する反骨系ジャーナリスト。「ジャーナリスト志葉玲のたたかう!メルマガ」や、週刊SPA!等の雑誌で記事執筆、BS11等のテレビ局に映像を提供。著書に『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『原発依存国家』『母親たちの脱被曝革命』(共に扶桑社新書)など。イラク戦争の検証を求めるネットワークの事務局長。オフィシャルウェブサイトはこちら

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、不法滞在者の送還拡大に言及 「全リソー

ビジネス

焦点:日鉄、巨額投資早期に回収か トランプ米政権の

ビジネス

香港取引所、東南アジア・中東企業の誘致目指す=CE

ワールド

米ミネソタ州議員射殺事件、容疑者なお逃走中 標的リ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中