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2週間に1度起こっている「介護殺人」 真面目で普通の人たちが...

2017年12月18日(月)18時42分
印南敦史(作家、書評家)

そうやって引き出された当事者たちの言葉、考え方、物腰などを本書で確認すると、ひとつの絶対的な事実にたどり着くことになる。介護殺人を実行してしまった彼らが、おしなべて「普通の人」だということだ。

そして、どの人も真面目だ。真面目だからこそ、ある日突然介護が始まると、なんの知識も持たないまま、全てを自分ひとりで抱え込んでしまうことになる。その結果、どうしようもないところまで追い詰められ、殺人を選択してしまう。その道筋は、多くの人たちに共通している。


 夫の首を絞めた瞬間のことは、いまだにどうしても思い出せない。ただ、はっきりと覚えているのは、逮捕された翌日に感じた両腕の強烈な痛みだ。その痛みは、自分が、あの時、限界まで力を込めて夫の首を絞め続けていた証だった。
(100ページより。認知症になり、人が変わってしまった夫。介護に疲れ果て、首を絞めた70代女性)


 午前1時すぎに「ガシャ」とドアが閉まる音で女性は目を覚ました。見ると、着替えをした夫が、玄関を出ていた。また、徘徊か――。
「お父さん、まだ新聞は売っていないよ。明るくなってから一緒に行こうね」と言って、連れ戻した。
 その時、バランスが崩れて体がもつれ、二人で玄関に倒れこんでしまった。夫はそのまま居間に行き、タンスに寄りかかり寝入ってしまったため、女性はやれやれと肩を落として自分も寝室に行ったが、横になっても寝つけない。
 疲れ切っているはずなのに、全く眠れない。
 居間に戻ると、夫が同じ体勢のまま寝ていた。その首に手をかけた、という。
(112ページより。老後も手をつなぐことを夢見ていた80代女性。しかし、夫は毎晩、徘徊を繰り返し......)

例えば、この2つは状況が伝わりやすい事例だといえるが、実際のところ、これらの証言を引用することにはあまり意味がないかもしれない。なぜならここに至るまでに、当事者以外には計り知れない過酷な日常があるからだ。この数行で伝えられるものではないのだ。本書に書かれたプロセスを追っていくと、そのことがはっきりと分かる。


 事件が起きたのは、介護を始めて10か月が過ぎた、夜だった。
 午前0時からの飲食店の仕事に出かける前に母親と話をしていた男性。そこで、母親が「安定した仕事に就いてほしい」と繰り返したことで口論となり、思わず手をあげてしまった。母親は救急車で運ばれ、その後、死亡。
 男性は逮捕され、傷害致死の罪で起訴された。
(145~146ページより。母親が倒れ、車椅子生活に。勤務先の理解が得られず、退職。介護に専念したが......50代男性)

この事例などは特に、引用だけでは事実が伝わりにくいだろう。なぜならこの背後には、介護をするために元の仕事を辞めなければならなかったという事実があるからだ。「安定した仕事」に就きたくても就けないというジレンマが、最悪の結果につながってしまった。

つまり介護殺人には、数分間のニュース報道では決して理解できない苦悩が絡まっているのである。

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