最新記事

BOOKS

2週間に1度起こっている「介護殺人」 真面目で普通の人たちが...

2017年12月18日(月)18時42分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<反響を呼んだNHKスペシャルを元に書き下ろされた『「母親に、死んで欲しい」』。家族を殺めた当事者たちに話を聞き、壮絶な真実に迫っている>

「母親に、死んで欲しい」――介護殺人・当事者たちの告白』(NHKスペシャル取材班著、新潮社)は、2016年7月3日に放送されたNHKスペシャル『私は家族を殺した ~"介護殺人"当事者たちの告白~』をベースに、制作に関わったディレクター、記者が書き下ろしたドキュメンタリー。

高齢者の介護に苦しんだ結果、家族を殺めてしまった当事者のもとに足を運び、話を聞き、彼らが「一線を越えてしまった」理由を明らかにしている。


 介護が時代のキーワードとなって久しい。高齢者同士が介護する「老老介護」、介護のために仕事を辞める「介護離職」、両親など複数の人を介護する「多重介護」。
 国の統計によれば、65歳以上の高齢者は3392万人(内閣府「平成28年版高齢社会白書」)、介護が必要な人は634万人にのぼっている(「要介護」「要支援」の認定者数。厚生労働省「平成29年5月分(暫定) 介護保険事業状況報告」)。こうした状況の中で、介護者が家族の命を奪う事件が相次ぐようになった。
 埼玉では、80代の認知症の母親を介護していた娘が、母親と病気の父親を車に乗せたまま川に飛び込んで心中を図り、両親を死亡させたとして、逮捕された。また、認知症の妻を殺害したとして逮捕された80代の夫が、留置場で食事を摂ることを拒み、衰弱して亡くなる痛ましい出来事もあった。
 子が親を、夫が妻を――どんな思いで手にかけたのだろうか。その時、どんな言葉が交わされたのだろうか。想像するだけで、胸が締め付けられる。悲しい事件を、防ぐ手立てはなかったのか。こうした思いが、番組の出発点だった。
(3~4ページ「はじめに」より)

とはいえ取材のスタート時点では、介護殺人がどれくらい起きているのか、基本的な情報がなかった。そこで、まずは全国各地のNHK放送局のニュース原稿をチェックし、裁判記録を収集し、過去6年分の事件を調べていったのだという。

発生件数を積み上げ、「事件に至るまでの介護期間」「介護保険制度を使っていたか」「被害者と医師の疎通はできていたか」「加害者の介護の熱心さ」など、資料から読み取れることを拾い上げていった結果、「いま日本では2週間に一度"介護殺人"が起きている」という衝撃的な事実に行き着いたのだそうだ。

気の遠くなるような話だが、さらに注目すべきは、冒頭で触れたとおり、事件の加害者に直接話を聞いている点である。

「介護はプライバシーが絡む領域だけに、事件現場の隣近所、加害者・被害者の友人・知人の取材では、命を奪うほどに追い詰められる現実に肉薄することはできないと考えたから」だというが、当然のことながらそれは楽な作業ではなかったはずだ。

なにしろ取材対象は、裁判で有罪判決を受け、刑期を終え、あるいは執行猶予となって、世間との関わりを避けて生活している人たちばかりなのだから。しかし取材班は、応対した家族から怒鳴られ、追い返されたりしながらも、何度も通い続けて関係性を築いていった。

また、刑務所で受刑者への取材も行い、現在、介護の真っ只中にいる人に話を聞いてもいる。介護および介護殺人に関する真実を導き出すべく、じっくりと取材を続けているのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国大統領代行、米との協力を各省庁に指示 「敏感国

ワールド

ロシア国防省、ウクライナ南部で前進と表明 ザポロジ

ワールド

トランプ氏「フーシ派による攻撃はイランの責任」、深

ワールド

外国企業トップ、習主席と会談へ 年次フォーラムで訪
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平
特集:2025年の大谷翔平
2025年3月25日号(3/18発売)

連覇を目指し、初の東京ドーム開幕戦に臨むドジャース。「二刀流」復帰の大谷とチームをアメリカはこうみる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失墜テスラにダブルパンチ...販売不振に続く「保険料高騰問題」の深層
  • 2
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「二酸化炭素(CO₂)排出量」が多い国は?
  • 4
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 5
    「紀元60年頃の夫婦の暮らし」すらありありと...最新…
  • 6
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 7
    鈍器で殺され、バラバラに解体され、一部を食べられ…
  • 8
    「トランプ錯乱症候群」(TDS)って何? 精神疾患に…
  • 9
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 10
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 5
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 6
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 7
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 8
    失墜テスラにダブルパンチ...販売不振に続く「保険料…
  • 9
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 10
    中国中部で5000年前の「初期の君主」の墓を発見...先…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 8
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中