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いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

人間には仲間がいる──「国境なき医師団」を取材して

2017年10月12日(木)16時45分
いとうせいこう

下を向いていればその時間が無駄になる。

我々は出来ることをするだけだ。

そういう先人からの教訓みたいなものが、彼ら自身を救っているように思った。

前回、苦難をこうむる彼らは俺だと書いた。そう考えると、自然に彼らのために何かをしたくなるのだった。

今回の「彼ら」はMSF側の人間のことだった。

彼らMSFのスタッフたちもまた、自分たちと「苦難をこうむる人々」を区別していなかった。つまりそれぞれが交換可能で、彼らは俺で、俺は彼らで、彼らは彼らなのだ。

それが人道という考えの基本中の基本で、何も難しいことはないと俺はマリリンのエピセンターから宿舎側に歩いて行きながら思った。

トンテンカンテンと近くの建築中のビルからなぜかトンカチの音が続いた。俺はまだポーチにいたフランス人スタッフの横に座って首都の様子に耳を傾けた。トンカチの音はもっと遠くからも聞こえてきて、ウガンダが貧しい国のひとつとして発展を目指していることの日々の努力のようだった。

俺はマニラの時と同じく、自分の幼い頃の下町の雰囲気を強烈に思い出した。あの頃、毎日のようにトンテンカンテンと釘を打つトンカチの音が町中でしていた。あちらこちらでどんどん家が建っていた。

戦争で焼けたあと、バラックが建ち、それを建て直している音。あるいはよりよい家を建てる高度成長期の音だった。同じ音は関東大震災のあとにも東京に鳴り響いただろう。

俺はウガンダの首都にいながら、同時に数十年前の東京にもいた。

俺は彼らで、彼らは俺だった。

この国が平和で、人が豊かに暮らせるといい。と、俺はごくごく単純な願いをもった。

そして、願いが単純であることを嘲笑させたくないと思った。

達成は実に難しく、人が苦しみ続けることを、俺は『国境なき医師団』の活動を見ることで身にしみて知っていた。

俺は以下の事実を教えてくれた、すべての人に感謝する。

人生はシンプルだが、それを生きることは日々難しい。

けれど人間には仲間がいる。

互いが互いに共感する力を持っている。

それが素晴らしい。

これを自分が書いている気がしない。

あの「誰か」が書いているのかもしれないし、それでもかまわないと思う。

ito1012e.jpg

宿舎でまかないの女性から提供される食事。これをみんなで食べるのだ。

<終わり>

profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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