最新記事

核兵器

「核のタブー」の終わりの始まり

2017年9月12日(火)15時40分
フランツシュテファン・ガディ(ディプロマット誌アソシエートエディター)

核使用に歯止めをかけていた核抑止、核のタブーが無効になりつつある KIPA-Sygma/GETTY IMAGES

<核の使用は人道的に許されない――第2次大戦後に確立された国際規範が「時代遅れ」と言われて捨てられる日は遠くない?>

詩人T・S・エリオットの表現を借りれば、この夏のアメリカと北朝鮮の核の威嚇合戦は、「爆発音ではなく泣き声で」終わるかに見えた。だがそれも8月29日までのこと。その朝、北朝鮮が発射した弾道ミサイルは、日本上空を通過して太平洋上に落下した。

その結果、どうすれば米朝核戦争を防げるかという、根本的な問いが息を吹き返した。今回とりわけ注目すべきなのは、アメリカの一部政策当局者の間で、北朝鮮のように道理の通じない相手には、核の報復をちらつかせても、核の先制攻撃を抑止できないのではないかという見方が浮上していることだ。

H・R・マクマスター米大統領補佐官(国家安全保障担当)は8月、「従来の抑止論は北朝鮮には当てはまらない」と、あるインタビューで語った。実際、ドナルド・トランプ米大統領ら米政府高官は、北朝鮮のミサイル基地への先制攻撃を何度もほのめかしてきた。

北朝鮮はこれまで、通常戦力による攻撃を受けた場合は、核を含む圧倒的武力によって報復する方針を明らかにしてきた。従ってアメリカが何らかの先制攻撃を仕掛ければ、北朝鮮はほぼ確実に核兵器を使って反撃しようとするだろう。

北朝鮮は現在、最大30発の核弾頭を保有するとみられている。それを使ってアメリカに反撃してきたら、アメリカも核による報復をするかもしれない。そうなれば、これまで一種の国際規範になってきた「核のタブー」が破られる。他国が核を使う可能性も著しく高まるだろう。

【参考記事】核攻撃を生き残る方法(実際にはほとんど不可能)

核のタブーとは、人道的・道徳的な理由から核の使用をタブーと見なす緩やかな国際規範だ。第二次大戦後、これまでに一度も核が使用されてこなかったのは、相互確証破壊に基づく核抑止だけでなく、このタブー意識が国際的なコンセンサスになってきたからだ。

ブラウン大学ワトソン国際関係研究所のニーナ・タネンワルド研究員は、90年代末に次のように指摘している。


国際社会では、核の使用を規範的に禁じる意識が高まった。(まだ)確固たる規範にはなっていないが、核兵器は、使うことが許されない大量破壊兵器であるという烙印を押された。核のタブーは、核を非合法化することで(各国が)自衛のために(核兵器獲得を目指す)慣行を制限してきた。核兵器を使えば、その国は道徳的な非難や政治的代償を避けられない。このため各国指導者は、(核を使わない)戦争または防衛技術を探ることを強いられている。さもなければ「文明的な」国際社会のつまはじきに遭う恐れがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米総合PMI、12月は半年ぶりの低水準 新規受注が

ワールド

バンス副大統領、激戦州で政策アピール 中間選挙控え

ワールド

欧州評議会、ウクライナ損害賠償へ新組織 創設案に3

ビジネス

米雇用、11月予想上回る+6.4万人 失業率は4年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「日本中が人手不足」のウソ...産業界が人口減少を乗…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中