最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

家族でなかった者たちが作る家族──ウガンダの難民キャンプにて

2017年7月25日(火)17時15分
いとうせいこう

子供たちを連れてウガンダに来た。

けれどまだ名前もない乳児は熱気味で、自分からも子宮痛が消えない。

苦しい状況だった。そしてその苦しさはスーザンさんだけでなく、何事もなくふるまっているビッキーたちにしても同じだろうと思った。たくさんの家族を亡くし、自分たちも暴力をふるわれて今があるのだろう。

広報の谷口さんが俺のかわりに質問した。

「厳しい問いになりますが、体が治ったら何をしようとお思いですか?」

するとスーザンさんは即答した。ビッキーが訳した。

「畑を耕したい。食べ物を作ります」

一方で、ではビッキーたちはなぜ彼女のそばに付き添っているのだろう。

スーザンさんと知りあいか聞いてみると、この入院病棟で出会ったのだという。

ビッキーの横に座っている女の子が流産して治療中であり、その10代の彼女に付き添って、ビッキーは病院に来た。そもそも彼女たちも難民居住区で知り合ったのだった。

そして二人は、自分たちと同じように苦難に襲われているスーザンさんを見かけ、隣のベッドに腰をかけて彼女に話しかけていたのだ。

「家族でなくても」

と谷口さんが言った。そのあとの言葉は涙とともに外に吐き出された。


「家族のように寄り添っているんです」

そして谷口さんは泣いてしまったことを急いでスーザンさんたちに謝り、心をこめてこう言った。


「どうか皆さんが故郷に帰れますように」

俺もそれしか考えていなかった。

ッキーは明るい顔で言葉を訳し、ありがとうとにこやかに答えた。

俺にはうなずく以外、出来ることがなかった。

いつかこの利発な、優しい、どうか平和な暮らしを取り戻して欲しいビッキーを主人公にした短編小説を書きたい。何になるわけでもない。しかしせめてそういう苦しみの中にいて微笑んでいる10代がいること、彼らが願う通りの幸福が訪れる様を、他の誰かに伝えたい、と俺は思ったのだ。

ビッキーたちの写真も撮ったが、むろんここでは紹介しない。どうかたくさんの想像力で彼女たちを身近に感じて欲しい。

また会いたい。

続く

profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

キンバリークラーク、「タイレノール」メーカーを40

ビジネス

12月FOMC「ライブ会合」、幅広いデータに基づき

ビジネス

10月米ISM製造業景気指数、8カ月連続50割れ 

ビジネス

次回FOMCまで指標注視、先週の利下げ支持=米SF
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中