最新記事

日本社会

「共謀罪法」がイスラモフォビアを生まないか

2017年7月25日(火)15時10分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

イスラム教徒への不信感につながる可能性

何より注目しなければならないのは、共謀罪の立件とその手法である。共謀罪法を導入している他の国の例を見ても、その捜査手法こそ、問題の焦点となっている。つまり、証拠収集のいかんで立件が可能となるのかならないのかということだ。そのため、おとり捜査など「手段を問わない」証拠収集の手法という問題がきっと出てくるだろう。

実際にはこの法律が成立する以前から、中東・イスラム地域出身の留学生などを狙った「おとり捜査」のような捜査の話は耳にしてきた。イスラム教徒がよく通う場所を警察が監視するのももはや当たり前のこととなっている。

「監視だけならまだいいですよ。ヨーロッパだったら、もっとひどい扱いをされていたかもしれない。ただ心配なのは、イスラモフォビアですよ。今は世界中のイスラム教徒のほとんどが、自分に向けられた偏見と差別を感じている」と、世界情勢の変化と社会からの疎外感について不安を口にするイスラム教徒がいる。

治安維持を名目にしたイスラム教徒への監視は、もはや避けられない現実だろう。しかし社会の安全を守るという名目で、狙った相手の元にスパイを送り込んだり、傍受したりするような捜査が拡大すれば、お互いに信頼できず、不信感に満ちた社会になる。そして他の国と同じように、イスラモフォビアの広がりに伴うヘイトスピーチやヘイトクライムなどに拍車をかけることにもなりかねない。

怖いのは、「イスラム教徒=警戒すべき対象=過激派=監視」と一般の人が短絡的に捉えているように感じられること。欧州のようなイスラモフォビアではないものの、日本社会にイスラムは怖いという雰囲気が浸透していることは事実だ。2年半前にシリアで起きた日本人の人質殺害事件など、ISIS(自称イスラム国)の非道な行為によってもたらされたイメージは現在も進行中である。

【参考記事】共謀罪法案、国会論戦で進まない対象犯罪の精査

気がつけば、私が日本に来てから今年で21年目になる。その間、イスラム教徒という理由で嫌な思いをさせられたことは一度もない。多様性を認める寛容な日本社会のおかげである。一方、互いの偏見や誤解、ステレオタイプといった障壁によって対立が蔓延する国際社会では、中東・イスラム地域に対する誤解や偏見が拡大しており、逆にイスラム地域の人々の日本に対する期待と関心が高まっている。

日本とイスラム世界が迎えた21世紀は、単なる20世紀の延長ではない。過去・ 現在・未来を同時に生きなければならない、「複合の世紀」だ。そして過去の限定的な関係に学びながらも、地平線の向こうに明るい未来を見通し、互いの監視や恐怖で安全な社会を作ろうとすることがいかに不毛であるかを、時間をかけて訴え続ける以外に道はない。


almomen-shot.jpg【執筆者】アルモーメン・アブドーラ

エジプト・カイロ生まれ。東海大学・国際教育センター准教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02~03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03~08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、関税「プランB必要」 違憲判決に備え代

ワールド

オラクル製ソフトへのハッキング、ワシントン・ポスト

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げに慎重=クリーブ

ワールド

カザフスタン、アブラハム合意に参加へ=米当局者
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中