最新記事

ヘルスケア

迷走するオバマケア代替法案のあまりに不都合な真実

2017年7月3日(月)16時00分
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

確かに共和党の代替案では、医療保険に対する政府の関与は小さくなる。オバマケアでは、保障しなければいけない医療サービスの内容や、保険料の設定について、さまざまな規制が設けられていた。共和党は、こうした各種の規制を緩和して、保険会社の競争を促進しようとしている。保障しなければいけない医療サービスの範囲が狭くなったり、リスクに応じて保険料を柔軟に設定できるようになれば、保険会社は採算が取りやすくなる。市場からの撤退は少なくなり、競争によって保険料の低下も期待できる、というのが共和党の目算だ。また、連邦政府による財政負担も、向こう10年間で約3,200億ドル減少するという。

三つの不都合な真実

しかし、国民の観点からは、三つの問題点がある。

第一に、無保険者が増える。CBOによれば、2022年時点の無保険者数は、オバマケアが維持された場合と比較して、2,000万人以上増加する(図1)。共和党の代替案では、オバマケアで実施されたメディケイドの拡充策が見直され、所得などの点で加入条件が厳しくなる。個人保険においても、保険料を補助する税制が縮小されることなどから、保険の購入をあきらめる人が増えそうだ。

yasuda20170630115202.jpg

第二に、個人で保険を購入する国民の負担が増加する。前述のように、共和党の代替案では、保険料を補助している税制などが縮小されるからだ。規制緩和によって競争が活性化するというが、それだけで補助の縮小を補えるほど保険料が下がるわけではない

保険料に限定すれば、オバマケアの時代と同じ程度の自己負担で医療保険に加入できないわけではない。ただし、保険の内容は貧弱になる。規制緩和によって、民間保険が保障しなければならない医療サービスの範囲は狭まる。既往症を理由に保険加入を断れない点は変わらなさそうだが、精神科やリハビリ治療などは保険の対象外となりかねない。また、保険料が低い保険では、保険を利用する時に自己負担する免責額が高くなってしまう。

第三に、負担は高齢者と貧しい層に集中する。

高齢者の負担が大きくなるのは、個人保険の分野だ。医療のリスクが高い高齢者は、ただでさえ若年層と比べて保険料が高くなりがちである。そこでオバマケアのもとでは、64歳の加入者に課せられる保険料は、21歳の加入者の3倍までに制限されていた。共和党の代替案では、この差が5倍にまで引き上げられる。保険会社とすれば、リスクに見合った保険料の設定が可能になるわけだが、結果的に、オバマケアの規制で抑えられていた高齢者の保険料は上昇しやすくなる。そのため、オバマケア時代と同程度の内容の保険に加入しようとした場合には、高齢者ほど保険料の自己負担額は増加する(図2)。

yasuda20170630115201.jpg

年齢による保険料の格差拡大を容認する背景には、リスクの低い若年層の保険加入を促す狙いもある。個人保険の市場を安定させ、保険会社による撤退の動きを抑制するためだ。しかし代替案には、保険料に対する補助金カットが盛り込まれている。これは個人保険市場への強い逆風になる。CBOでは、共和党の代替案のもとでも、やはり保険会社の参入が見込めない地域は残ると予測している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア海軍副司令官が死亡、クルスク州でウクライナの

ワールド

インドネシア中銀、追加利下げ実施へ 景気支援=総裁

ビジネス

午前の日経平均は小幅続伸、米株高でも上値追い限定 

ビジネス

テスラ、6月の英販売台数は前年比12%増=調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 8
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 5
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 6
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中