最新記事

シリア情勢

シリア・ミサイル攻撃:トランプ政権のヴィジョンの欠如が明らかに

2017年4月18日(火)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ヴィジョンを欠いたミサイル攻撃

ミサイル攻撃をその後の対シリア政策と結びつけるヴィジョンを欠いていたことが、こうした結果をもたらしたことは言うまでもない。しかし、中長期的なヴィジョンはなかったわけではない。それがロシアへの配慮というかたちをとったことが、攻撃の政治的・軍事的効果を完全に奪ったのだ。

トランプ政権は、シリア政府が化学兵器を温存し、そして使用したことを承知していたとの非難をロシアに浴びせた。だが、攻撃実施に先立ってロシア政府に事前通告を行い、シャイーラート航空基地内のロシア軍駐留部隊に被害が生じないよう標的から外すことで、事態悪化を避けようとした。つまり、トランプ政権は、このミサイル攻撃によって、ロシアの理解を得ることなくしてシリアで何もするつもりはないということを暗示してしまったのである。

オバマ前政権は、シリア政府による化学兵器使用を「レッド・ライン」と位置づけ、軍事介入を国際公約したにもかかわらず、それを躊躇したことで、ロシアに影響力拡大の余地を与えた。

トランプ政権は、この「レッド・ライン」を口実として軍事介入に踏み切ることで、前政権の無能を際立たせたかったのかもしれない。しかし、このミサイル攻撃が形ばかりのもので、米国に有利な状況を作り出すことができなかった点では前政権と変わらなかった。

トランプ政権のミサイル攻撃を受け、ロシア政府は、シリア領空での偶発的衝突を回避するために米国との間で開設していたホット・ラインを中断するという対抗措置をとった。また、シリアでの「テロとの戦い」を遂行するために設置されていたロシア・イラン合同司令部センターを通じて、「米国の攻撃は多くのレッド・ラインを越えている」と批判、今後同様の行為が行われた場合は断固として報復すると発表し、米国がシリアからの影響力排除をめざすイランと連携を強化する姿勢を示した。

これにより、ロシアと米国の関係は「冷戦後最悪」などと評された。だが、ロシア側の強硬姿勢もまた実質的な動きを伴わったわけではなかった。米軍主導の有志連合はその後も、おそらくはロシアの了解のもとにシリア領空を侵犯し、ラッカ県やダイル・ザウル県での空爆を継続し、ロシア・シリア両軍による空爆地域の棲み分けも維持された。

化学兵器使用の「前科者」のただなかで、米国が行ったミサイル攻撃という「新たな国際法違反」によって、トランプ政権はシリア内戦の話題を独占することに成功したと言えるのかもしれない。

だが同時に、突発的な「新たな国際法違反」そのものが問題視されたことで、シリア政府の「残虐性」はむしろ相殺されてしまった。また、ミサイル攻撃を歓迎した反体制派も、その後に何も起こらなかったことで孤立感を味わっただけだった。

シリア政府が、こうした結果を予測し、限定的軍事攻撃の無意味さとトランプ政権の突発性を踏まえて政策決定を行い得るような判断力を持っていたとしたら、おそらくそれこそが化学兵器使用最大の動機を生み出すものとなっていただろう。しかし、7年目を迎えたシリア内戦の惨状を見る限り、そうした能力を有する当事者は、シリア政府を含めて一切見当たらない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パレスチナ国家承認、米国民の6割支持=ロイター/イ

ワールド

潜水艦の次世代動力、原子力含め「あらゆる選択肢排除

ビジネス

中国債券市場で外国人の比率低下、保有5カ月連続減 

ワールド

台湾、米国との軍事協力を段階的拡大へ 相互訪問・演
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 7
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中